yokoken001’s diary

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夏目漱石『門』

 

 『門』は漱石が1910年に新聞に連載した小説で、前期三部作の第三作に当たる作品である。伊藤博文暗殺のニュースが登場していることから考えて、物語の時間もおおよそ1909年-10年くらいである。本作は前作の『それから』と連続しているが、前期三部作の中では一番ストーリー性が薄く、「地味な」物語だという感じがあった。とはいえ、主人公の宗助と御米の日常生活が静かに温かく描かれているのがとても印象的で、(最後の結末を除けば) 三部作の中で一番好きな作品かもしれないと思う瞬間もあった。特に13章は素晴らしい。

 その意味で、この作品は「二人で生きる」ということを描いているのだと思う。宗助は『それから』で描かれていた通り、無意識の偽善者(unconscious hypocrite)であるがゆえに、愛する女性と友人との結婚式の仲介を行ってしまい、その後女性を奪い返してしまった男である。彼は、罪の意識を背負い、金もなく、子どもにも恵まれず、社会から背を向けてひっそりと崖下の家で妻と暮らしている。そして崖の上に暮らす坂井家とは全てが対照的である。

 宗助自身は事件のあと大学を中退したが、彼と約10歳離れた弟の小六だけは大学へ通わせるべく、崖下の家の六畳間を小六のために空ける。しかし、小六はもちろん御米に対して良い感情を抱くことができず(なにせ彼女も夫と別れたのだから)、家の隅の六畳間ではろくに読書も思索もできず、だんだん酒を飲んで帰ってくるようになる。

 客観的に見れば、三人の生活はとても幸福とはいえない。それでも宗助と御米の生活は、どこか胸を打たれるものがある。お互いがお互いに細やかな気遣いをしている。特に、宗助は他人の妻を奪っただけのこともあり、御米のことを深く愛している様子が行間から伝わってくる。御米が病気になった日の夜の彼の混乱ぶりはとても味わい深い。自分にここまでの配慮ができるかと言われると、自身がない。

 最後は、御米の元夫であった安井と再開せざるを得ない展開になり、門を通るのでもなく通らないで済むのでもなく、「彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人(p.281)」になる。そこで彼はお寺へと10日間出家をするという展開になる。この最後の結末にはかなり違和感があるものの、総じて味わい深い夫婦の生活を描いた名作であると思う。