yokoken001’s diary

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Takashi Nishiyama, 2014, Intro.

Takashi Nishiyama, Engineering War and Peace in Modern Japan, 1868-1964. (Baltimore: Johns Hopkins University Press, 2014).

 

 

本書は、戦前・戦後を貫く時間軸(1868-1964)を採用することで、総力戦とその敗戦の経験が、どのような技術や文化を形成したのかを問題にしている。具体的には、軍の技術者が経験した敗戦が、戦後の新幹線に象徴される柔軟で順応性のある革新的な民生技術にどのように反映されたのかを論じるようである。近代日本において、軍事/非軍事の両面で技術者コミュニティーに最も大きな影響を与えたのは、国家による技術計画だった。そのため、本書では、主に国家的な技術計画に注目し、その下で(元)軍事技術者がいかなる努力をしていたのかが描かれる。

 

 

 

Introduction :Technology and Culture, War and Peace (pp.1-6)

  • 2000年5月に放送されたNHKプロジェクトX 挑戦者たち 執念が生んだ新幹線 -老友90歳・飛行機が姿を変えた」=WW2に発展したエンジニアのスキル・価値観が戦後の新幹線計画に適合しているとする物語。
  • プロジェクトX(の人気)は、
  • 国が敗戦後、エンジニアをいかにして「勝利者」として描き出しうるかを示している。(=敗戦したにもかかわらず、それが戦後の成功を導いたかを説明する手段としてのエンジニア)
  • 20Cにおける日本の技術変容における、戦争と平和についての相対的な信用(名声、信頼、その功績を認めること)(relative credit)〔:戦争や平和が、技術の変化においてどのような正/負の役割を演じるのかみたいな感じ?〕という厄介な問題を提起している。
  • 2つの世界大戦と冷戦は、世界中の技術的展開に広範な含意をもたらした。1868-1945年にかけて、日本の技術的前進はひっきりなしの戦争にかなり依拠していた。日清、日露、WW1、アジア太平洋戦争は、日本の軍事的科学・技術の重要性を高め、技術力を強化することを後押しした。
  • その過程において、「富国強兵」という国家スローガンは、筋が通っており、説得力があった。技術の変容、軍事主義、産業主義は国家安全保障という急務のもとでお互い強化しあった。1930sまで、(1)高等教育における技術者訓練、(2)民生・軍事研究開発能力、(3)軍需産業における民間企業という3つの鍵となる要素は、協力的な関係にあった。

(←技術は戦争のためにあり、戦争は技術的熟達を好む。)

→1941年に日本が太平洋戦争に突入したとき、すでに日本は高度に教育されたエンジニアを多数輩出できる、アジアの中で最も産業化された豊かな国になっていた。

  • 無条件降伏は、日本にとって初めての敗戦直面だった。

→戦後2年の時点で、文部省は「新しい憲法の話」を発行した。18ページのその本は、平和志向の理想的な社会を表象していた。中央には「戦争放棄」と書かれ、魔法の黒い釜の中に軍需品が入れられている。下方からは平和を志向する現代的な技術のシンボル(商船、鉄道、トラック、タワーなど)が流れている。1952年までの敗戦国日本は復活を成し遂げ、その後1960s末まで21Cの日本の生活を形成し続けることになる目覚ましい再建の旅を歩んだ。

  • 戦争や戦争の手段と技術的発展は密接に関係している。

外国との戦争が、航空機、歩兵武器、潜水艦、対潜兵器といった科学・技術の発展を促した時期である20Cアメリカの例が、この点を鮮やかに説明している。そしてマンハッタン計画はその逆、つまり、いかにして科学的・技術的飛躍が直ちに軍事的決定に影響しうるかということを明らかにしている。

⇄戦争の技術への影響(=戦争が技術の発展にどう影響するか)は、技術の戦争への影響(技術の発展が軍事的意思決定にどう影響するか)以上に、より捉え所がなく、説明することが難しいように思われる。

:長く続く戦争が物質的で形のある技術へどう影響するのかと言う問題は、技術の外在的な要素=価値観、アイデアといった無定形の(amorphous)概念への影響よりも観察しやすい。戦争の影響は遠大である。

戦争の終結、あるいは戦争の不在(直接の軍事的参与がない状態)についてはどうだろうか。技術史においては戦勝国である西側に焦点を当て続けていたがゆえに(ex WW2における米、仏)、体制(regime)の技術的成功における重要な要素が曖昧にされたのかもしれない。

それに対し本書では、日本という戦前・戦中に科学・技術の偉大な成功を達成したが、総力戦と無条件降伏の後により顕著な成功を経験した国の事例を見ていくことになる。

  • 国際比較史的な枠組みに落しこむことには注意が必要である。この場合、各国のシステム、実践、価値観などの相違点の方が類似点よりも重要視される。そして文化的な解釈は、日本の方法をその国独自の歴史的遺産に帰する。

⇄平時/有事において、国家的な科学・技術が駆動される際に、日本に典型的な何かがあるのだろうか?

日本の科学者・技術者がある選択をしたのは、彼らが日本人であったからなのだろうか?

←こうした問いにはほとんど意味がない。

∵彼らは国の文化を、一枚岩的で、静的で、非歴史的なものとみなし、場合によってはステレオタイプ的な見解を固定化させるから。

→むしろ、次のようなことを問うことに意味がある。

:国籍ではなく、総力戦やそれへの敗北の経験によって生じる技術と文化について、明確な何かがないのだろうか?

戦争や敗戦に関するいかなる文化が、国家や技術を(再)建築する際に有効なのか?

戦争や敗戦を経験したにもかかわらず(あるいはだからこそ)戦前・戦後を貫く技術史(trans-war history of technology)において、どういった連続的/断絶的な要素を観察することができるのか?

  • 以下の研究では、(西欧諸国と)非西欧諸国の事例を取り上げ、戦時/平時における技術移転や普及の国家的戦略に焦点を当てる。その〔日本の〕戦略は、アジアの群島国家の地政学的・地理学的に明確に適合した戦略であった。

→戦前・戦後を貫く社会の技術分析により、敗戦が戦前における日本の勝戦以上に技術的景観(landscape)を変えたことを示す。

1868-1945にかけて、日本は近代的な研究開発を築き、戦争をし、敗戦し、その技術と文化を軍事化し、非軍事化した。そしてその過程は、意図せざる結果を体現していた。日本の技術は、価値を伴い、内的に緊張し、偶発的なプロセスを生み出した。

→敗戦の経験を反映した、柔軟で順応性のある革新的な非兵器(民生)技術 – 新幹線に象徴される - は、敗戦の技術(technology of defeat)として捉えることができる。

  • 本研究は、それを通じて日本の科学者・技術者を、戦争・平和・技術・社会を調べるレンズとして捉える。以下では、政治・経済的世界だけではなく、技術者が実験室、研究所、ローカル/周縁的( local/regional)との繋がりを変化させることについての、詳細な文化的研究(close cultural study)である。国家がスポンサーとなるエンジニア計画に焦点を当て、そのような計画における(元)軍の技術者の研究開発努力を明らかにする

∵1868-1964における軍事化/非軍事化の国家政策が、日本の技術者らのコミュニティーに最も大きな直接的な影響を与えたからである。

敗戦後、軍の技術者らはそれ以外の職を求めて、各分野で仕事をした。彼らにとって戦時中の技術や敗戦の経験は、平和にために、積極的・建設的に日本を形成するための源だった。

  • そうした技術者らは、ある社会的な世代を形成した。以下で語られるのは、個人の物語であると同時に、集団的・社会的歴史でもある。

総力戦や敗戦は、技術者のコミュニティーや、彼らの技術や国家に対する見解をいかにして形成したのだろうか

  • エンジニアは制度やコミュニティの目標を支える指導的な一連の価値観を持っている。政治的・経済的・社会的手段によって、エンジニアは、産業社会における重要な労働力を提供した。彼らは義務的な技術問題を解決する。彼らは意図的/意図的でない帰結を非難することもある。そうした緊張(tensions)は、エンジニア文化に深く根ざしている。それは、実験室や施設に特有で、道具や知識やコミュニティーに結晶化されている。技術的変容は、平時/有事における、エンジニア、研究所、制度の間の文化的緊張を体現している。こうした緊張に注目することで、ある技術者文化が浸透し、それが国家的/国際的状況にいかなる影響をもたらすのかを見ることができる。

→技術者共同体の文化的分析によって、一連の緊張が、戦争/平和に対する日本の創造的適応能力の根底にある統一的な価値観と両立していたことを明らかにできる。

  • 科学史・技術史家、軍事史家は、しばしば社会史の網目に軍事史を強固に組み入れることに失敗してきた。工学の高等教育の重要性を無視した社会で、技術や軍が発展することはめったにない。

→まずは、高等工業教育の歴史を概観する。

∵工業教育、研究活動、文化を調査することで、なぜ、いかにして日本人が1941年までに技術的優勢を獲得し、1941-45年にかけてそれらを失い、戦後それを取り戻していくのかを明らかにできるから。