yokoken001’s diary

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Merritt Roe Smith (ed), Military Enterprise and Technological Change: Perspectives on the American Experience, MIT Press, 1987.

或る研究会でコメントいただいた先生に推薦された本である。以下では序章をまとめているが、技術の変化と軍事的活動との関係をめぐる諸論点が包括的に整理されている。編者であるMerritt Roe Smithは、MITで長らく教鞭を執られた技術史家で、深い技術史的素養に裏付けられつつ、本書が提起するテーマに対して非常に冷静でバランスの取れた議論を展開しているように思われる。ゾンバルト、マンフォード、マクニールらの著作の位置付けも行われており、技術史に限らず、広範囲な読者にとって示唆に富む内容であると信じる。

 

Merritt Roe Smith (ed), Military Enterprise and Technological Change: Perspectives on the American Experience, MIT Press, 1987.

 

Introduction (pp.1-37)

 

  1. Historical Perspectives
  • 18C末から19C初頭にかけての経済の発展や社会変化を「産業資本主義 industrial capitalism」として説明するとき、私的な個人・会社による社会への直接の影響が明らかにされる一方で、産業化と政府の組織の間に存在する重要な関係は無視される傾向にある。その中でもとりわけ重要なのが、技術革新や産業統合の担い手としての軍事の役割である。
  • 本書では、それを通じて軍事力が促進・コーディネートされ、技術変化を方向づけ、それゆえに直接/間接に近代産業の方向性に影響を与えてきた広範囲にわたる活動を、軍事的事業(“Military Enterprise”)と呼ぶ。本書が追求するのは、戦時における技術の武器への応用といった直接的な関係だけではなく、平時において軍事的事業は近代産業時代の制度的・技術的次元を決定する上でいかに強力な影響を及ぼしてきたのか、という間接的な問題も含まれる。そしてそれらの問いは、アメリカに限っても、まだほとんど探究されないままでいる。
  • 近年の歴史家が、技術変化を論じる際に採用する解釈上の観点は、以下の4つに分類される。
  • 技術=知識普及の形態として見る観点。最も古い。本アプローチの特徴は、技術の有形(tangible)の側面や、その主題(=有形の側面?)の技術的・認識論的な展開に力点を置くことにある。
  • 技術=社会的勢力(social force)とする観点。本アプローチも、技術を物事の中心に置きつつ、社会への影響を論じる。(技術→社会。Cf 技術決定論)
  • 技術=文化的状況によって形成される社会的産物とみなす観点。作業場(workplace)における技術革新だけではなく、産業的なコミュニティー、地理的な領域、国家的文化における技術変化を分析する。(社会→技術。Cf 社会構成主義)
  • (前3者の根底にある観点として)技術変化=社会的過程とする観点。技術の発展における最前線のみならず、発明の初期の段階においても社会と政治の相互作用が起こり、実験室や研究所から日常生活に技術が導入され際にそれら(相互作用)はより複雑になると考える。要するに、人間関係の脆さ(fragile)や変化する際には付き物であるところの緊張(tension)を認める立場である。ただし、人間の選択が新技術の形態にいかに影響を与えるかを明らかにする方法では必ずしもない。
  • 本書でも、この4つの観点が含まれている。以下の論考では、技術変化の制度的な側面、つまり、軍事的な援助のもとでいかにして技術革新が民生利用へと移転されたのか?軍事の内外の人間が新技術の導入にいかに対応したのか?

※ハウンシェルの論考は、民間の製造技術が戦時下で発展した場合に生じる問題を扱っているが、いずれにせよこれらは軍事的事業がアメリカの歴史を駆動力としていかに重要かを描いている。

 

  1. Main Themes in the History of Military Enterprise
  • 本書の主なテーマは、軍事的事業がアメリカの工業力の上昇に中心的な役割を演じていたこと、連邦(republic)の早い段階から産業力(工業力)が軍事力と密接に結びついていたということである。機械生産や最新の自動工場の起源を探るとき、そこには軍事的影響の痕跡がある。
  • あまり知られていないが重要な点は、産業革命の初期の段階における軍事的圧力の存在である。ヨーロッパでは(ゾンバルトが指摘するように)、武器などの軍需が鉱山、冶金、機械生産の発展に大きな影響を与えていた。しかしこれらの発展は、19C初頭において米国で起きたことと比べると、散発的でまとまりがないものだった。というのも、米国人は40年という比較的短い期間で、3世紀かけて欧州で起こったことを取り入れ、普及させ、拡張したからである。実際、アメリカでは、互換性工業、工作機械、鉄道という主要な4つの技術変化のうちの3つは軍事的事業と密接に関係していた。(残りの1つである繊維は、連邦政府の支援の下で展開した。)
  • 以下では、米国における軍事的事業の主要な側面を5つのテーマから外観する。米国経済における軍事的影響の広汎性やその社会的帰結を評価することが狙いである。

 

  1. Design and Dissemination of New Technologies (新技術の設計と普及)
  • 技術革新の多くの側面の中で最も重要なのは、
  • 仕様(specification)の確立
  • 設計(design)の実行

←各段階で軍事的要求や目的を反映する決定がなされ、究極的にそれらが技術に体現されるため、これらはとくに軍事的事業において重要である。

→この文脈において、技術は必然的にメーカーの価値観や熱望(aspiration)を反映するということを強調することは大事である。

  • さまざまな製品(goods)の標準や仕様を確立し、それらを製造するために民間会社と契約を結ぶことによって、軍事は最終的には民生利用(civilian use)される多くの物(artifacts)の設計に影響を与える。いかにして軍事的基準が民生利用の受け入れられた価値観に挑戦し、社会に望まれない価値観を押し付けるのかを理解することが難しい場合もある。産業製品(industrial product)から産業過程(industrial process)へ視点を移すと、状況はさらに複雑になる。David Nobleが言うように、process-oriented manufacturing 技術が軍事から民生へとシフトした場合、統率・管理についての根源的な問題がしばしば生起する。
  • スピンオフの最も有名な事例は、核エネルギーの利用である。Richard HewlettとFrancis Duncanの詳細な研究が示しているのは、限られた軍事的利用にとって合理的で操作可能なものに思えたものが、民生へと幅広く拡張された場合には問題が発生し、政治問題化する(politicized)ということである。
  • 軍需品の設計は、パフォーマンスと統一性に力点を置き、コスト(費用)には二次的な注意しか向けない。航空学の事例では、Alex Rolandが指摘しているように、軍用機ではスピード、機動性が最も重視されるのに対し、民生機では安全性、経済的合理性、快適性が重視される。しかし彼の結論は、どちらかの領域における根源的な前進は、他方の領域にも概して応用可能である、というものだ。すなわち、軍用/民用の間に明確な線は存在しないということである。
  • プロセス志向(process-oriented)技術について言えば、パフォーマンスと経済とを区別する線はより曖昧である。工作機械などの新しい製造技術は、しばしば旧式の製造方法と同じように効率的に操作することを妨げるボトルネックを有することがある。実際、新技術が普及するには長い時間が必要である。The Springfield armoryを例にとると、互換性製造の新規的な技術を消化し、伝統的な手工業的方法によって作られた製品よりも安く生産できるようになるまでに10年以上かかった。多額の費用がかかるにもかかわらず、軍は新規的ではあるが経済的に不透明な技術の採用を民間会社に促すことに成功してきた。この成功の秘訣は、契約や助成のネットワークの広範囲にわたる制御を通じて軍が行使してきた大きな影響にある。
  • 19Cにおいて、契約を維持しようとするならば、兵器請負会社は最新の技術を採用することが求められた。請負会社は工場建設のための直接費用を負担しなければならなかったが、軍はしばしば彼らに金銭的なアドバンスや最新の特許や技術資料、その他軍部で蓄積した情報へのアクセス権を与えた。
  • この文脈で重要なのは、新技術を育成し、保護することの重要性である。

←他の機関も同じような役割を演じるが、軍ほど大きな資源と決断をもってこれらを行える機関はないから

←特にWW2以降、国防への広い関心が政治的な防御(political shield)(=その計画を社会の様々なセクターから生じる反対運動から保護するもの)を提供するから

Horwitchが指摘するように、マンハッタン計画アポロ計画はそのような政治的保護が与えられた事業だったが、大規模な演示計画が国防から商業的な目的にシフトすると、そうした保護は消え、消滅した(ex: SST)。

 

  1. Management
  • 軍が新技術を育成・保護することは、軍事的事業のマネジメント(管理)の中心性という重要な問題を提起する。19C初頭の互換性製造の導入にせよ、20C中頃における原子力潜水艦の建造にせよ、技術革新には管理上の革新が含まれている。技術と管理は密接に関係しており、軍事的事業の下では、前者が後者を駆動する、すなわち、技術の変化が管理の調整を促すのである。
  • 歴史的資料からあまり明らかでないことは、軍事的事業が実際に近代産業におけるマネジメント(管理)の台頭にどの程度影響を与えてきたのかということである。軍とは最も古い官僚組織であるにもかかわらず、経営史家らは経営上の革新のクレジットをそれに与えるのを拒否し、代わりに市場の力に帰する見方を示してきた。

フォーディズムは19C陸軍産業に起源があることを理解すれば、軍事-産業の道理性と中央集権化が米国文化にいかに深く根ざしているかが分かるようになる。

  • 科学的管理法
  • トップレベルのマネージャーの台頭は、経済的な力だけでは説明できない。

権力や権威が、軍事-産業事業のエートスに深く根ざしている。

 

  1. Testing, Instrumentation, and Quality Control
  • 近代的なマネジメント(管理)の根底にある2つの前提:
  • その主要な目的は、労働状況の制御である
  • その制御を行う主な手段は、標準化である。

←A. 行政のレベルでは、その制御は、仕事上のルールを課す、中央計画方式を採用する、会計手続きを統一化する(=科学的管理法の導入を図る)ことによって追求される。

  1. B. 技術のレベルでは、その制御は、製品とプロセスの画一的な試験(testing)によって追求される。試験は、標準化(standardization)にとって本質的であると同時に、軍事的事業においても重要である。軍事的事業が、米国産業システムの形成に伝統的に最も大きな影響をを行使してきたのは、この試験と標準化である。
  • 試験とそれに付随する計装(Instrumentation, 計測機の整備)には様々な形態があるが、それら全ては、生産されるのが何であれその質を制御することを目的としている。

単純なレベル:(例えば一片の布に欠陥がないか確かめるように)、目と手で調査することが含まれる。

高次の試験:構成要素の精度や強度を決定する標準寸歩(gauges)を適用することが含まれている。

←それらの調査の目的=標準に満たない製品をふるい落とすことにある。Edward Constantによれば、さらに洗練された試験には、(それ自体が主要な技術的達成であるような)複雑な試験装置(test rings)の制作が含まれる場合があるという。そうした特別の機器を利用することで、様々なパフォーマンスレベルや状況におけるシステムの個々の構成要素の振る舞いについてのデータを収集することができるようになる。Constant による試験の説明には、フィードバック概念、すなわち、試験された製品は、設計や材料の弱点についての情報を明らかにするという含意がある。最も単純な試験でさえ、変化や調整が必要とされることについての価値ある情報をもたらしてくれる。

  • 製品試験の担い手としての役割において、軍は民間の製造にとっての目標を提示し、それゆえに技術革新の過程に影響を与える。従って、試験を行う能力は軍が産業的な設計・製品に影響を与える主要な通路(手段)を提供する

←軍がもたらす様々な影響の中で最も顕著なものは、軍が保有・操作する施設を民間企業に数年間にわたって貸与するサービスである。このinstallationにおいて行われた試験はしばしば、技術的実践の「標準」となるものを定義することを手助けする。19Cにおける冶金学の展開は、この例を説明する。

  • 1841年に(アメリカ)陸軍兵器部は、鉄金属の試験のための最初の計画を開始した。その時点から南北戦争まで、科学志向の技術武官(“soldier-technologisits” )は、数量的な改良点をもたらす一連の試験・実験を行った。南北戦争の後も試験の伝統は継続し、軍の関心は徐々に鉄鋼の兵器応用へ向かった。ここで重要なセクターはWatertown造兵廠であり、そこには1879年に流れ作業による(long line)油圧試験の原型となる試験装置が設置された。設計者であるH.Emeryにちなんで「エネミー・テスト・マシン」と呼ばれ、Ames Manufacturing CompanyやChicopeeの企業(スプリングフィールド兵器工場や「アメリカン・システム」と密接な関係にあった)によって製造されたこの装置は、最大で引張80万ポンド、圧縮100万ポンドの能力を持ち、銃の鍛造品のような重いものから、羊毛のような脆いものまで試験することができた。1881年から1912年まで3000回の試験が行われたが、そのうち753件は、民間企業向けにわずかな費用で提供された。
  • 19Cから20C初頭にかけて、軍は試験活動を継続・拡張した。海軍、とくにNaval Experimental Battery、Naval Torpedo Station、Washington Navy Yardは鉄板、鋼の鍛造、鋼兵器について何百もの試験を行った。それらは並行して、爆発物を典型とする化学産業においても創造的な仕事をした。海軍兵器局と共同した企業リストは、ヴィクトリア時代の紳士録のように読むことができる。そのうち最も卓越しているのは、テイラーによる最も古い会社であるMidvale Steel Companyである。1880s-90sにおけるアメリカにおける鉄鋼産業の勃興と、海軍の復興が同時に起きているのは偶然ではない。もりとん、軍事的事業だけがその理由ではないものの、明らかに主要な要素の一つであった。

 

  1. Uniformity and Order - 統一性や秩序という価値観
  • 軍事技術は、統一的な生産だけではなかく、統一的な振る舞いを強調する制度的な状況の中に深く埋め込まれている

統一性=秩序の配置を表し、物事が秩序だっていることを望む。

軍隊は長らく統一性を表現してきたが、現代に関連する制度と関係し、その他のアイデアと相互作用するとき、〔軍隊的な統一性に〕新たな意味が加わる。

  • 19Cのアメリカの技術武官、軍需局の職員の間で、統一性が切実な要求となり、技術に対する軍事的方針の形成における原理を牽引し、それは20Cにも引き継がれていく。この文脈では、統一性=標準化され互換性を持った物を製造する機械能力以上の何かを意味している。むしろそれは、軍事的事業に浸透する、現場の労働をも含んだ全てにおけるシステムや秩序を強調する精神的な態度(mental attitude)を指している。

←軍隊は、絶対的な基準と、後方支援や戦術上の問題に対するfail-safeな解決策を追求し続けることで、現代生活の特徴を定義する制度の最前線に立ってきた。

  • 近代的(現代的)制度は複雑な官僚的階層や、組織のネットワークについて秩序を追求するという意味において共通しおり、それぞれそれを達成する権力や維持する方法は異なるが、産業文明を支持する価値観(=統一性)を共有している。そして秩序こそが、効率性や統制といった目標を達成するための前提であるので、これらの制度はお互いに相入れるようになる。
  • →そうなれば、ますます秩序を追求し確立することを可能にする。18C以降、秩序だった制度が国家的、国際的な文化の元締めとなり、そうした官僚的な制度の力が、西洋文明の勃興の主たる要因となった。そしてそうした価値観は、究極的には、技術の取る形態に反映される。このことを理解することで、社会的産物としての技術の意味、その上での軍事の重要性について、包括的に把握することができる。
  • 統一性は、長期間にわたる技術の広範囲の発展のみならず、軍事的事業や技術の変化を条件付ける価値観を調べる上での主要な理論的レンズを与えてくれる。

 

  1. Innovation and Social Processes – 新技術への反応
  • 画一的な標準を伴った官僚制が拡大し、中央集権化する傾向が現代(近代)という時代を定義するようになってくると、最も合理的な組織や秩序だった事業でさえも、技術変化に対する抵抗に遭遇するということを発見する。新技術がいかに無害なものに見えても、技術は古い価値観に対抗する。それらに素早く適合することができる人間もいれば、それを深く根付いた伝統を破壊するものであるとみなすものもいる。
  • 人々が変化を牽引し対応する方法は、彼らが誰であり、何をしており、どのくらいの期間行ってきたのか、そして新技術にどれほどの潜在的な効果があるかを認めるかに依存する
  • Ex: 部署間の対立が、新技術の採用をめぐる争いに表れることがある。

 

  1. Catalysis to Innovation - 技術革新の触媒
  • 技術革新を推進する条件は、それを制約する条件と深く関わっている。

→軍事的活動が、新たな意味を持ってくる。

先行研究:(1)能力を持った人材、(2)制度の柔軟性が技術的創造の重要な触媒である。

  • (1)人材

A.個々の性格=若々しいエネルギー、官僚機構への軽蔑、技術的に「甘い(sweet)」なアイデアへの熱望、軍前的な出来事の中に新しい概念を発見する才能。

⇄B. 個々人の性格というよりは、むしろ、研究開発のグループや彼らの仕事を機器の製造・設置(the production and installation of equipment)に翻訳することへ注目。(Ex.  海軍のHopper)

翻訳者=異なった配置にあるものを統一すること、その結果として新技術が繁栄する環境(=人々が効率的に仕事ができる環境)を作り出すことに秀でている。

  • (2)制度の柔軟性:小規模な探索的な研究を、公式な認可や資金提供なしに行うことができる柔軟性。必要なときに、官僚的な手続きを変更できる能力。

←技術革新を推進する企業家的能力と同じくらい重要。

 

  1. Historiographic Perspectives
  • これら全てのテーマは、戦争と人間の進歩(development)との関係という古いが無視されてきた歴史記述の問題と関連している。とくに、ゾンバルト、マンフォード、ヌフという三人の学者が、この議論の輪郭を形成してきた。
  • (1)ゾンバルト『戦争と資本主義』:第一次大戦の直前に書かれた本。武将(warlord)の連合(union)や資本主義者(capitalist)が、食料、衣類、軍需品といった増加する需要を満たすべく設計された大規模事業の創造を招いたことを示す多くの証拠を集めている。それらが、冶金、機械、標準化された製品の前進を引き起こし、そうした達成は軍事主義の負の効果を上回ると論じた。
  • (2)マンフォード『技術と文明』(1934):ゾンバルトから約20年後、彼の議論に多くをおいつつ、「軍事主義が、近代的で大規模で、標準化された産業の発展の道を整備した」ことを論じている。しかし、ゾンバルトと異なり、彼は戦時下での生活の荒廃を強調している。「社会にとって、軍のような強権的組織が機械の近代的形式の誕生を統括することを残念なことである」。
  • 1934年時点で、彼の悲観は穏やかなものだったが、後の軍の編成やそのトラウマ的な効果を強硬に批判するようになる。特に、エリートパワーの複合体である”メガマシーンthe magamachine”への批判を展開した。
  • (3)ゾンバルトヒトラーを支持していたこともあり、後の経済史家らから厳しく批判された。そのうちの一人がヌフである。彼は『戦争と資本主義』と那智政権との連関を主張するに至った。「戦争は物質的な進歩や大規模事業を妨げる」という彼の主張は勝利を収めた一方で、彼の攻撃の強さは不運な結果を招いた。核兵器ケインズ主義の時代における戦争と技術の関係について研究することを気掛かりに(uneasy)に感じる歴史家は、そうした悩ましい問題を無視し、戦後のより気性にあるテーマに移ってしまった。一部の経済史家を除いて、社会・経済の展開における戦争と技術との関係という問題は、多くの学者の注目を得ることに失敗した(Wintet, War and Economic Development: Essays in memory of David Joslinを参照)。科学史・技術史家も同じくこの問題を大部分無視してきた。軍事史家も同じである。
  • マクニール『戦争の世界史』:国政術(statecraft)の道具としての武器に限定し、軍事の技術革新における産業・社会的側面を主張していない。この意味で、彼の議論はゾンバルトよりも狭い。彼は(あくまで)、西洋資本主義の勃興と軍事技術の政治的側面の共進化・相互作用についての一大パノラマを展開した。彼はゾンバルト同様に、軍主導経済と資本主義の台頭との密接な関係を示した。

→要するにマクニールは、ゾンバルトのテーマを復活させ、トーンの上ではより穏やかだがより包括的な方法で再主張した。

 

  1. Assessing Military Enterprise
  • 軍事社会が追う同義的責任を別にしても、問題は残っている。すなわち、軍による民生産業の発展への影響が良いものなのか?軍事的事業は、新技術を生み出す効率的な方法なのだろうか?社会は恩恵を受けてきたのだろうか?

→これらの問いに答えることは、個々人の価値観はいうまでもなく、時間、場所、状況に明らかに依存する

  • 国防という観点から軍事的事業を捉えれば、これらの問いに対する答えは「yes」である。この主張の支持者らは、国防で優位に立つという条件のもとで、その他の方法では受け取れないような研究・開発を合法化してきたのであり、それが政府による技術革新の効率的な刺激の一つの方法であると述べる。
  • しかし近年は、国防費のエスカレーションを受けて、多くの経済学者や政治学者が「no」と答えるようになっている。彼らは、軍事費は国内経済から貴重な人的・物的資源を剥奪し、その結果、民生市場において商品やサービスの需要が十分に満たされず、インフレが進行するという弊害を指摘している。

→Lloyd Dumasは、「科学者・技術者の才能が軍事研究に不当に配置されることで、1960s以降、商業的な技術革新が明らかに減速している」と主張する。言い換えれば、技術革新、解雇、インフレは、軍事的活動に密接に関わっている。

  • 技術革新の生産性という議論に関連して、軍がスポンサー(出資者)となった技術の民生市場へのスピンオフ(スピルオーバー)は正の社会的影響があるかどうか?という問題がある。

→Dumasのような経済学者は、1974年にNational Academy of Engineeringが出した「第二次世界大戦以降、連邦政府が出資した計画から広範囲で重要なスピルオーバーは認められない」とする報告書を引用し、スピンオフ(スピルオーバー)概念に懐疑的である。

⇄しかし、スピンオフの議論を全く無視することも間違っている。マクニールやゾンバルトは、重大なスピンオフが起こっていることを明らかにしている。彼らは技術を、知識の拡大ないし社会的な力(social forth)と解釈しているので、彼らはスピンオフの過程に正の光を当てている。

⇄スピンオフの結果は複雑であることを示す証拠も存在する。スピンオフ問題の複雑さを正確に理解するためには、それがどこまで経験的な証拠によって支持され、どこまでがそうではないのかを理解すべく、テーマを分解する必要がある。

  • Tomas Misa: Army Signal Corpsは、研究にお金を出し、工学の発展や工場の建設を支援し、価格を標準化し、成果を普及させることによって、トランジスタ産業の初期の構造を決定する上で重要な役割を演じたことを論じている。そして、1955年以降、トランジスタ産業の発展のペースが増加したことも明らかにしている。

⇄しかし、単純な「呼び水的経済効果 ’pump priming’」解釈は十分ではないと注意を喚起してもいる。

トランジスタが民生市場に広く普及することを促進する際、軍による高い水準要求とベルシステムの商業的利害との間に摩擦が生じ、1958年以降、ベルの取締役は、軍の〔仕様に対する〕要求は複雑で、生産効率を下げるかもしれないという懸念を表し始めた。Misaは「スピンオフの効果はせいぜい不完全である」と結論づけている。

  • David Noble:NC(数値制御)工作機械の展開を事例に、Misaと同じような議論をしている。

→1950sにおいて、米国空軍はその新技術の促進者として影響した。しかし、空軍の設計要件は多くの製造会社が必要とし、余裕を持てる仕様以上に複雑で、結果としてドイツや日本からより安い機械が導入されるとすぐにそれらにとって代わった。スピンオフが生じること事実であるが、長期的に見れば、NC工作機械は商業的ニーズより軍のそれを満たすように設計されていたので、スピンオフは、国内のbuilderを犠牲にするように働いた、と彼は論じている。

  • 加えて彼の議論で重要なのは、軍事技術それ自体につきものである価値観(ex: 統一性など)の取り扱いである。つまり、軍事技術が民生にスピンオフしたとき、これらの価値観はいかにしてスピンオフするのか?という問いである。
  • 最後に、(スピンオフが起きるか起きないかという議論ではなく)スピンオフは社会経済的意味において有益なのかどうか、もしそうであるとすれば、社会のどのメンバーにとって有益なのか?という問いがある。技術の進歩においては、いつも勝者と敗者が存在する。

Ex: より安いコストで商品を生産できるようになる能力は、洗練された生産技術を導入することだけではなく、現場の労働者の規律を正すこと、あるいは(不幸なことに)彼らを解雇することを通じて獲得される。

→産業家や消費者は歓迎するかもしれないが、〔商品価格の低下によって〕誰かが犠牲になっているのである。つまり、Nobelが「誰にとっての何にとっての前進なのか?」、「社会としてaffordしうるのはどんな種類の前進なのか」と問うことを駆動したのは、こうした事情である。

  • アメリカにおける経済成長や産業発展についての膨大な研究が存在するのにもかかわらず、なぜ軍の参加についての研究がほとんど存在しないのか?

→その理由の一つは、自由な企業活動を是とし、政府による経済への介入を否定する伝統が深く根付いているから。

⇄しかし、軍事は技術や管理の革新において極めて重要な担い手であった。国防と福祉と結びつけることで、軍事は全ての種類の研究開発に出資し、新技術の普及に重要な役割を演じてきた。技術変化における軍の役割についての評価は、広範囲に渡ってその影響力を歴史的に深く理解することが必要である。