yokoken001’s diary

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夏目漱石『草枕』

 大学1年生くらいの頃から今まで、おそらくは4、5回くらい『草枕』に挑戦したが、毎回途中で挫折してしまった。そして、25歳の今、漸く初めて通読することができた。

 それにしても、他の漱石の作品に比べて、『草枕』は言葉が圧倒的に難しい(ように感じる)。にもかかわらず、グレングールドや宮崎駿の愛読書であることはよく知られているし、『読んでない本について堂々と語る方法』の著者であるピエール・バイヤールも絶賛していたように記憶している。世界中の読者に愛され続ける名作であることは疑いないだろう。

 30歳の洋画家である主人公が、那古井と呼ばれる架空の温泉街へと旅をし、那美という蠱惑的な女性をはじめとする現地の人々と、次第に関係を深めていくというただそれだけの話だ。主人公は、旅先で出会うこうした人々を、まるで絵画の中の世界にいる人物のように観察し、絵の中に収めようとしたり、ときどき俳句を読んだりする。青年画家の教養は圧倒的で、彼の緻密な思考回路を追いかけていくだけでも充分面白い。なお、地震が起きるシーンが一箇所あるが、妙にリアリティを感じてしまった。

 本作品は1906年(明治39年)、漱石が39歳のときに発表されたが、物語の設定も日露戦争下ということになっており、戦争に関する話題が何度か登場する。戦争へ従軍する那美の従兄弟である久一を駅まで見送るシーンがラストに置かれている。

 「汽車ほど二十世紀の文明を代表するものはあるまい。(中略) 人は汽車で行くと云う。余は運搬されると云う。汽車程個性を軽蔑したものはない。文明はあらゆる限りに手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によってこの個性を踏み付け様とする。(174-175頁。)」

  漱石は、二十世紀を代表する汽車という技術に、個性を蹂躙することで成立する偽物の「平和」を見て取る。事の本質は、それから100年以上たった今でも変わっていないように思える。まるで、満員電車の中で揺られる今日の人々を予見していたかのようだ。

 

文献:夏目漱石草枕』(新潮文庫)。

 

草枕 (新潮文庫)

草枕 (新潮文庫)