yokoken001’s diary

読書メモ・レジュメ・レポートなど

Aitken, C.W , Chapter4

Aitken Continuous wave,  Chapter 4  De Forest and the audion (pp.162-249)

 

 本章では、主にオーディオンの発明者であるド・フォレストに焦点が当てられる。

 著者によれば、ドフォレストの活動は2つの時期に区分できるという。一つは、彼がイエール大学に在学する頃からオーディオンを発明する1906年前後までの時期である。このときのドフォレストの姿を一言で形容すると、”loner”(一匹狼)である。彼は大学においても、ウェスタンエレクトリックにおいても異端的な存在で、発明は孤独な中で行われていた。二つ目は、1909年以降のことであり、この時期になると個人としてではなく、資金的にも恵まれた環境で、AT&Tのメンバーらと共同で作業をするようになった。発明が個人単位から集団単位で行われるようになるといった傾向は、ドフォレストの場合だけに当てはまるものではなく、同時期の他のケースについても言えることである。すなわち、この時期には、先駆的な発明の主体は、個人のレベルからイノベーションを管理するより大きな組織のレベルへと変わっていったとされる。

  また本章では、ドフォレストの日記や実験ノートなど多数の一次資料が参照されており、丹念な調査が行われていたことがわかる。オーディオンの発明に際しては、しばしばフレミングのバルヴとのプライオリティーをめぐる議論が生じるが、本章では著者はむしろ”intellectual history”の視点に立って、両者の電気的機能の差異ではなく、概念の差異に注目した議論が展開される。

  本文の内容とややずれるが、ドフォレストとAT&Tの共同による真空管増幅器、発振器(ウルトラ・オーディオン)は、日本海軍が真空管を導入しようとする際にも参考にされていた製品であり、我が国と無関係の話ではない。そもそもドフォレストと日本海軍は、木村駿吉の時代から接点があり(二人とも同時期にイエール大学に在学しており、書簡のやりとりもあった)、日本海軍でもドフォレストを雇おうとする動きが何度かあったようである。歴史に”if”は存在しないが、もし仮にドフォレストが大学卒業後に日本海軍で働いていたとしたら、その後の時代が大きく変わっていたかもしれない。(もしかするとaudionが発明されることはなかったかもしれない。)

 なお、特許論争や関連人物のやりとりが非常に複雑で、後半はあまり理解できていない。いつも通り読書メモを作成したが、2万字を超えており、まとまっているとは到底言えない。

 またまとまり次第ということで。

 

 

The Continuous Wave: Technology and American Radio, 1900-1932 (Princeton Legacy Library)