yokoken001’s diary

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半藤一利・宮崎駿『腰抜け愛国談義』文春ジブリ文庫、2013年

 

 数年前、宮崎駿の一連の作品を見返してすっかり氏の作品の虜になってしまった際、この対談本を読もうとしたが、あまりにも「品のない」タイトルに辟易し、そっと店の本棚に戻してしまった。あれからだいぶ時間がたち、当時の「愛国」などという言葉に対する過度なアレルギー反応も消え去り、一書をむしろ大変興味深く読んだ。まあ、当時読んでいても、つまらない本だと思って途中で読むことをやめていたかもしれないのだが。

 本書は『風立ちぬ』上演前と後に行われた、宮崎と半藤による対談を活字に起こした本。

 半藤は1930年、宮崎は1941年生まれ。そして堀越二郎1903年、1904年生まれで、それぞれ一世代ほど離れている。『風立ちぬ』の主人公である「二郎」には、堀越と堀、そして宮崎駿の父、勝次の姿が重ねられている。堀越は関東大震災を直接経験していたかどうかは怪しいというが、堀は母を失い、駿の父も震災を経験していた。そして、終戦時、半藤は15歳、駿は4歳であり、両者にはその記憶の断片が残っている。したがって本書は戦間期から戦時期にかけての昭和の様子が生き生きと語られる、まさにオーラルヒストリーともいうべき興味深い内容を備えている。また、半藤は軍艦、駿は戦闘機「マニア」であり、両者の海軍についての語りもなかなか面白い。(半藤は機関銃の銃弾のメンテナンスの仕事にも従事していたし、進水式駆逐艦「夕立」の出航を実際に目にし、さらにP51 による機銃掃射を喰らったという経験もある。)

 映画『風立ちぬ』はあまりにも悲しい作品だ。僕はこの映画を5回以上は観ているが、と菜穂子が手紙を置いて、一人で病院に戻っていくシーンで毎回必ず泣いてしまう。宮崎監督自身も、『風立ちぬ』の完成試写会にて、初めて自分の作品を観て泣いてしまったらしい。監督自身は、半藤に二人のラブロマンスが琴線に触れたのかと問われるもののそれを否定し、「遅れてきた軍国少年」であるが故に、ドイツなどの工業国に比べて「遅れた」日本における二郎の奮闘ぶりに心を揺さぶられたといった趣旨の返答をしている。だが、おそらく真実の半分しか答えていないと思う。僕が思うに、監督自身は確かにこの二人の悲劇的な物語に涙していたと想像する。

  宮崎の祖父と父は、航空機の製造工場(宮崎航空機制作所)を経営し、軍需を背景に大儲けしていたという。駿自身も、一度だけ土間に置かれた新品の零戦の風防を目にしている。(『ナウシカ』における王蟲の目の描写は、その経験に基づいていることは確実である。)駿曰く、父は天下国家よりも家族を大切にする姿勢を貫いた男で、「いい親父だった」と振り返る。映画では二郎は、戦争のツールとしての軍用機を開発しようとしていたわけではなく、あくまで美しい飛行機を作ることを目指していた人物として、そして、天下国家の論理に迎合することなく、ある種政治的無関心と形容できてしまうような「ノンポリ」の人物として描かれている。この点は、駿の父と重なる部分があるように思う。

 だが、どうして堀辰雄がそこへ加わるのか。本書で初めて宮崎駿の口から発言されていたのを知ったのだが、駿の父勝次は大学(早大)在学中に一人目の妻と結婚をしているが、彼女はわずか一年も立たないうちに結核で亡くなっていた。このエピソードを読んで、なぜ堀辰雄が加わらなければならないのか、ようやく理解できたように思う。それにしても、『風立ちぬ』という小説のタイトルといい(宮崎監督はアニメーターとして「風」を描くことを目標としている)、美しい自然描写といい、時代性といい、堀越二郎を主人公としたこの映画のもう一つの世界観を作り出すのにこれ以上適切な素材はないといえるほど、堀辰雄風立ちぬ』という小説はこの映画にしっくりくる。すばらしい偶然だと思う。

 それから宮崎駿の教養は圧倒的である。戦闘機から植物、河川、夏目漱石から、グレン・グールドに至るまで、まるで辞書のような博学さに驚かされるばかりである。対する半藤の歴史観もなかなか深く、二人の会話は火花のように「熱く」展開する。

 ところで、現在、監督は『君たちはどう生きるか』という長編の制作に取り組んでいるようだが(このコロナ禍でどうなっているのか心配だが)、半藤からさかんに漱石や芥川、菊池寛寺田寅彦内田百間、など当時のにぎやかな文壇の様子を描いてほしいと懇願されているので、ひょっとすると、新作には彼らも登場するのかもしれない、などと妄想した。