yokoken001’s diary

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Hugh G.J.Aitken , Syntony and Spark: The origin of radio (2)

Hugh G.J.Aitken , Syntony and Spark: The origin of radio, Wiley, New York,1976. (Princeton Univertsity Press,Princeton Ligacy Library,2014)

 

 “syntony”(同調)という言葉は、現在ではほとんど用いられない言葉であるが、元々は無線通信の用語としてOliver Lodgeによって導入された語である。これは”turning”と似て非なる言葉である。この言葉が導入された「形而上学的」(あるいは概念的)背景とは何だったのか。そして、筆者の歴史記述においてこの語が持つ重要性とは何なのか? 第二章では、この言葉をめぐる興味深い考察が展開される。大雑把にではあるが、以下に理解した範囲で内容をまとめておく。

 

第二章 syntony

 

 1888年、ヘルツによるマックスウェル理論の実験的証明の成功は、電磁波の無線周波数のスペクトラムの発見でもあった。筆者は、この発見を新大陸の発見になぞらえる。もちろん、電磁波スペクトラムの発見は、地理的な意味での領域の発見ではないし、植民や農業、炭坑などの人間の活動を可能にする資源の発見でもない。それは、コミュニケーション手段に資する資源の発見であったからだ。しかし、この「目に見えない資源」は、従来人類がその使い方もその価値も知らなかったものである。したがって、一度経済的・軍事的有用性が理解されると、ちょうど植民地をめぐる帝国の動きと同じように、排他的な所有をめぐる競争の対象となる。そして、その所有や権利、管理などに関する問いが新たに生じるのである。

 しかし、新大陸の発見とは異なる点がある。大陸の場合、一度所有権が確立すると、測量士による印や測量の単位を知らしめるためのなんらかの参照事項が作られ、それが領域についての権利を決定的で明確なものにする。そしてそれは、土地を測量する技術の長い伝統があってこそ可能にだった。つまり、地理学や法律が利用可能な土地の所有権を制度的に保障してきたのだった。しかし、電磁波の場合、最初はその境界を認識することができなかった。その境界は、当初、科学に習熟した知性がかろうじて把握できるものであった。つまり、法律や政府の規制の前に、技術的な前進が求められたのである。科学は電磁波という資源の発見をした。しかし、技術がそれを法律家や官僚、ビジネスマンが理解可能な用語に翻訳する必要があった。そしてその技術的な前進にとって核となったのが、「同調」という概念だった。

 同調というのは、無線の送信機と受信機に特定の周波数や波長を割り当てることを可能にする。我々はFWラジオにある540-1600kHzのある数字ダイアルにチューニングする(tune in )ことで、特定の放送局を選ぶ。kHzが正確に何を意味しているのか、あるいはダイアルの背後の構造について知らなくても、そのダイアルごとに局が位置しているとみなし、それを簡単に選択することができる。ラジオ局側は連邦政府によってある特定の期間、その周波数によって放送を許可されている。こうした領域の割り当ては、送信機・受信機において正確な同調を行うことができる回路や構成要素が生まれることによって初めて可能になった。

 電磁波という「大陸」が占領されて、人間が利用できるようになる速度は、二つの最前線での動きの速さに依存していた。それは、外側へと向かうフロンティア(an extensive frontier)と、内側へと向かうフロンティア(an intensive frontier)である。前者は、利用できる周波数を広げる運動である。奇妙なことに、ヘルツの実験では非常に高い周波数の電磁波が生じていたが、(マルコーニによる)商業的な成功例では、低い周波数(長波)が用いられた。これは、新大陸が発見されある緯度に目印が建てられたが、入植者はそれとは異なる場所から移住を始めていったようなものである。この前者の運動は、徐々に高い周波数の利用を可能にする方向へと推進されていった。一方後者の運動は、その周波数の所有の精度(密度)をあげるという運動である。ここでは、ある周波数の電磁波を浪費する技術は棄却され、それを保存する技術が生まれていく。それは、「少ないスペースに住む」技術であり、これにより確固たる所有権が確立される。”an extensive frontier”は所有できる新しいスペクトラムを拡張し、”an intensive frontier”は、そのより広がった人口にとっての場所を作る運動である。そしてこの技術的な展開は、ジグザグに進む。しかし、これは均一的な運動ではない。電磁波スペクトラムの配置の技術的な進展および新制度の発展は、intensiveな領域でより容易に進展する場合もあれば、extensiveな領域で容易に進展する場合もある。

  Syntonyという言葉は、オリバー・ロッジによって導入された。彼は晩年神秘思想に共感していたことは知られているが、それを支持する証拠は乏しく、またなんらかの関係があったとしても、熟考に値しないものだろう。この言葉にロッジがこめたものは、音響との類比である。当時、電磁波はエーテルという媒質を振動して伝わるものだとされた。音も、空気という媒質を振動して伝わる。(もちろん、音は進行方向に対して縦の振動であるのに対し、電磁波は横の振動である点で異なるが。) 受信と送信とがうまく調整されていると、その間でのエネルギーのやりとりが最大になる。例えば、二本のピアノ線が同じ長さで同じ張力であれば、両者の間で反響が見られる。Syntonyという言葉の語源は、音楽的な語法にある。

 だが、この言葉には、もう一つの使用法がある。その説明には、西欧史を詳細に紐解く必要はない。その説明は、ただ、規則正しい再起現象や予測は全ての人間の最も基礎的・根元的な経験であったという事実の中にある。生命が宿るところには、必ず何かしらの周期性がある。(ex: 胎児は母親のお腹の中で規則的な鼓動をきく。) これを知覚することから、規則的な変化やリズム、ハーモニー、共鳴などのアイデアが発展してきた。数学と音楽の間には”harmony”という共通点がある。(ex: 純粋な音楽的トーンは、数学的には、完全なサインカーヴを描く。) 調和、共鳴、同調。これらの言葉は、(1)互いに周期的に異なっており、(2)触れていなくても一方が他方に影響を及ぼし、(3)共通の行動モードを共有している間は各々の固有性を維持しているというシステム間の関係を表すために用いられる。さらに、この言葉は、人間と神、人間と自然、男性と女性、人間と機械の間に鋭い境界線を設ける西欧思想において、これらの断絶を橋渡しする概念でもあった。そして、それは本物のエネルギーのやりとりであり、応答の強化が行われていることを示している。ロッジの中にある科学者的側面は、本当にこれが妥当なのかどうか反応したかもしれない。だが、彼は夢想家でもあり、この言葉から連想されるオーラが彼の想像力を駆り立てたに違いない。技術的なアイデアは、文化的な歴史から隔絶され、それ自体の言葉の中で生まれ生き続けるということはない。技術というのは、人間の想像的な精神の表現というべきである。そして、アイデアは創造性の運び手であり、新しい組み合わせの可能性を組織する装置でもある。その意味で、技術史は思想史の一部である。

 

 

Syntony and Spark: The Origins of Radio (Princeton Legacy Library)

Syntony and Spark: The Origins of Radio (Princeton Legacy Library)