yokoken001’s diary

書評を中心に記しています。

綿矢りさ『大地のゲーム』を読みました。

綿矢りさ『大地のゲーム』を読んだ。

 

 一応最後まで読み終えたものの、この小説世界にあまりコミットできなかった。そのため、内容を十分に理解したとは言い難い。レビューもそのような薄い理解に基づく程度のものであることを、あらかじめ申し上げたい。

 

  読みやすい文体といい、卓抜な比喩といい、文章のレベルが高いことは疑いない。ストーリー展開も入念に構想されており、学園祭当日というクライマックスへ向けて、読者をぐいぐい引き込む力がある。特に、二度目の大地震が起きるまでの、主人公とマリ/リーダーと主人公の彼氏との二つの視点からによる物語の語りは、映画のクライマックスシーンでよく見るような、複数視点からの物語進行を彷彿とさせる。まさに、プロの腕前だ。

 

 しかし、僕は、この小説のテーマを十分に読み取ることができなかった。

 

 物語上の設定は、近未来の日本。

 未曾有の大震災や原子力発電は過去のものとなり、なぜか銃社会が到来している。

ある年の夏、巨大な首都直下型地震が起き、それと同程度の震災がまもなく起こることが予測され、避難勧告が出されている。

 一度目の大震災の後、大学の構内が一種の解放区のようになり、学館などで学生が寝泊まりしている。(ちなみに、本作におけるキャンパスは、あきらかに早稲田キャンパスをモデルにしていると思われる。(例えば75ページをみよ。))

 この「解放区」であるところの、大学内での人間関係(友情や恋愛)が主に描かれながら、自然災害であり同時に人災でもある震災という問題を扱っている。そんな小説だ。

 

 まず、この小説では、近未来を描いているにも関わらず、「未来」の社会のイメージが、全く伝わってこない。

 

 暴力への抵抗感はまるでなく(発砲シーンもある)、リンチにより、一人の学生が殺害される。こういった暴力が横行する学生像は、70年代(?)の学生運動を想起させるためか、僕の未来の学生や社会のイメージと全く齟齬をきたしている。むしろ、アナクロとさえ思えてしまう。(また、SNSなどのメディアを通じてのコミュニケーションも描かれない。)

 

 さらに、リーダーたちが参画する「反宇宙」運動というのも、正直いって、意味がわからない。

「我々は、宇宙を疑うべきである!青空の果てに広がる漆黒の世界、はたしてそんなものが、本当にあるのだろうか?じっさいに見たこともないのに、教育されたといって信じるのは、洗脳の始まりだ。まずは宇宙を疑うことから始めよう!」(p.11)

 

 これは、学生運動の演説の一部だが、正直ほとんど内容を持たない主張である。むしろ、意図的に主張内容には意味を持たせないようにしているとさえ思えてしまう。

 著者は、おそらく、本作品では政治的な問題に介入することは避け、それ以外のテーマについて描こうとしているのかもしれない。しかし、学生運動をモチーフとして選んだからには、主張の内容まで要素として組み込まなければ、全体として空疎な印象を呈することは避けられないと思う。

 

 また、学生一人一人の家族などの背景が、ほとんど描かれない。主人公の兄とのやりとりがわずかに登場するが、それも果たして必然性があったのかどうか疑問という形での描かれ方だった。そのため、どうしても、登場人物の人間的な厚みに欠けるという感があった。

 

 「大地のゲーム」というタイトルの意味も、よくわからなかった。

 

「地球全体に広大な敷地を持ちながらも、大地はあの土地にばかり執拗にコインを積み重ね、掛け金の倍率をつり上げる。ディーラーのよく手入れのされた細くなめらかな指先、からからと回るルーレットを凝視する賭博者たち、視線の先には今後活発に動くと予想される、大注目の活断層。」(p.185)

 

 これは、タイトルに直接関わる文章だと思われるが、震災という巨大な現象を、賭博というゲームの比喩で理解する発想が、どうもしっくりこない。

 

 この小説が書かれた経緯などは全く知らないが、ひょとすると、東日本大震災を受けての、著者なりの「小説家」としての身振りだったのかもしれない。

 

 傷ついた技術は、技術者らの働きで復活させられる。一方、傷ついた倫理・規範は、誰が復興させるのか?

  新しい言葉と、新しい倫理や規範を連結させ、そこに生き生きとした物語を立ち上がらせなくてはならない。そこには、言葉を専門とする職業的作家が関われる部分がある。

震災後、このように語ったのは、村上春樹だった。

 

 しかしながら、個々人のドラマをはるかに超えるレベルで大きな問題を提起した震災が持つ社会政治的な側面に、本作はどれほど肉薄できているか?

 

ここに、本作を書いた「小説家」の限界があったようにも思える。

 

 

大地のゲーム (新潮文庫)

大地のゲーム (新潮文庫)