yokoken001’s diary

書評を中心に記しています。

橋爪大三郎『戦争の社会学』を読みました。

 

 戦争を防ぐためには、戦争のことを知ることが必要だ。戦後日本には軍がいないこととし、軍について語ることをタブー視してきた。しかし、戦争はどのような仕組みのうえに成り立っているのかを理解することなしに平和を望んでも、その実現は空想に終わってしまうのではないか。説得力のある議論を積み上げるためには、軍事史や「戦争社会学」を学ぶことは有意義なことのはずだと著者はいう。(本書は「軍事社会学」の講義をまとめたものだが、軍事史との違いは、軍隊=テクノロジーと組織のうち、組織の法則性に着目し、そこに普遍的なパターンを読み解こうとする「科学」的な指向性が含まれていることではないかと思った。)

 

 序章は、「戦争とはなにか」についてのラフなスケッチである。クラウゼヴィッツ戦争論』(1832年)の有名な定義には、戦争とは「相手を我々の意思に従わせる暴力行為」であるとある。ここからわかるのは、まず戦争は意思をもった主体が起こすということだ。ただし、クラウゼヴィッツは、その戦争主体を個人の闘争と連続的に捉えているという。国家が戦争主体となるのは、あくまで近代以降の話である。また、暴力の行使に関しては、犯罪であれば違法になるが、戦争においては、同じように暴力の行使を伴っても犯罪になるとは限らない。(戦争犯罪というものがあるが、それは戦争自体を犯罪とするものではない。)戦争とは、相互に承認された交戦権をもった主体が決められたルールに従って暴力を行使する、一種の制度なのである。(そのルールの形成についてはのちに解説されることになる。)

 

 第2章は、古代の戦争についてだ。農業を営むようになるいわゆる「定住革命」に伴い、社会階層が分化し、農地をめぐる対立が生じた。紛争が深刻化すると、住居の周囲を城壁で囲む「都市国家」が形成された。それは、武器を作る職人、調達する商人、実際に戦う軍人、それらを指導する王を含んだいわば「戦争マシン」であったという。ところで、古代において、武器の発達は、石器→青銅器→鉄器という具合に進んだ。青銅器を使うようになるのは、紀元前3500年くらいで、融点が低く様々に加工できるので、盾や鎧などの武具を作れるようになった。そこへ、馬に引かせる戦車が加わり、武装した戦車が青銅器時代の標準的な戦闘装備となった。それから2000年くらいして、鉄器が用いられるようになる。鉄器は鍛造して鋼を作ることができる。さらに安価で大量供給することができた。そこから農民を武装させた歩兵が登場し、集団戦法が発達する。紀元前1000年ごろになると、馬に騎乗することができるようになったことから、騎兵も登場する。そこで、歩兵が騎兵に対抗する弩(いしゅみ)がつくられた。歩兵の武力が高まることに伴って、平民階級の発言権も高まることになった。

 

 第3章は中世の戦争についてだ。中世は戦争の規模も内容も、小ぶりで地味なものになったという。その大きな要因は、キリスト教だった。キリスト教が戦争の抑止の機能を果たしたのは、第一に、キリスト教は唯一であり、すべての領主権力を正当化できたこと、第二に領主権力に介入できたこと(破門など)、第三に奴隷制を否定したころが大きかった。自己武装した領主が騎士や貴族であったが、保守的な領主の支配に対して、都市は領主権力から自由であり、身分によらない武装集団を育てた。こうして、中世から近世にかけての軍事技術の革新の主役となっていった。

 

 第4章は、軍事史上では革命とされる火薬の発見とそれに伴う軍事技術の展開について述べられる。火薬は中国で発明されたといわれるが、いつのことかはよく分からない。ただし、13世紀半ばには、モンゴル軍が火薬を用いたという記録が残っているという。火薬を用いる軍事技術は、大砲と銃である。大砲は、15世紀ごろまでには可動式のものができた。大砲は要塞や城郭を破壊することができるため、封建制の基盤を崩すことにつながる兵器だった。一方銃はは、19世紀半ばにライフルが開発されるまでは、マスケット銃が用いられてきたが、これは銃身の中をらせん状に切ってある前者とはことなり、ただ筒のようになっているタイプの銃だった。マスケット銃の欠点は、射撃の準備に時間がかかることだった。そのため、パイク兵と呼ばれる長い槍をもった兵士が正方形状に囲み、その中で射撃の準備作業を行うことで、騎兵の突入を防いだ。その後17世紀にマスケット銃の先端に剣をつけた銃剣が発明されると、銃が白兵戦にも利用できるようになり、パイク兵は不要になった。マスケット銃や大砲は、使い方さえわかれば誰でも戦闘の主役になれた。騎士や領主に代わって、それらを操作でき、その費用を負担できる人々が、軍事力はさることながら政治力を手に入れるようになった。18世紀に入ると、軍隊の数も増え、組織的な問題などの軍限界が見られるようになり、作戦命令を作成し、指揮系統を握る参謀将校や、作戦単位である師団(division)を設けるといった改革がおこなわれた。しかし、軍事史上大きな革命を伴ったのは、ナポレオンの軍事革命だった。ナポレオンの革命の要点は、フランス共和国ナショナリズムを背景にした徴兵制による圧倒的な兵員の確保、横隊から縦隊への戦術の革新、容赦のない残滅戦の三つに集約される。

 

 第5章 グロチウス国際法では、1625年の『戦争と平和の法』において確立した戦時国際法の基礎について述べられる。グロチウスは、法を自然法、意思法、万民法に分け、戦争は自然法に反しないと主張する。自然法とは、神によって立法された法で、人間は理性によってそれを発見できるという。集団的自衛権を含めた自衛権は、この自然権に基づくものである。さらに、戦時法規に従って戦闘に銃時していれば刑事責任に問われないという兵士の免責や、捕虜を一つの身分とする規定が盛り込まれている。興味深いことは、グロチウスはこの中で毒を用いて戦争をすることを禁じていることだ。それは、「強力な軍隊をもつ国が覇権を握るという当然の秩序が、毒によって脅かされると人々がかんじるから」だという。『戦争と平和の法』を通じて、グロチウスは、戦争が不可避の出来事だったとしても、そこにはルール、人道、信義があるということだった。しかし、この時点では、まだ大量破壊兵器は現れていなかったことに留意する必要があるだろう。現代の兵器体系を知る我々から見ると、グロチウスの時代はまだ牧歌的であったとさえ言えるかもしれない。

 第6章では、再びクラウゼヴィッツの『戦争論』が取り上げられる。プロイセンの軍人であったクラウゼヴィッツはナポレオン軍の圧倒的な力に衝撃を受け、プロイセン陸軍の近代化を目指し、本書の執筆にとりかかった。1832年の書物だが、戦争に関して科学的・体系的に論じたほぼ唯一の書物であるという。戦争は、戦闘力、国土、敵の意思の三つを脅かし、講和条約に調印させることを目的としているという説明は、戦争についてのとても新鮮な定義だ。また、戦略と戦術を区別した点も興味深い。戦略は、戦闘それ自体において秩序立てて遂行することとし、これを指揮官が担うとした。一方、戦術とは、戦闘を連合させ、戦争に目的に結びつけることとし、これを参謀が担うとしたと考えた。

 第7章は、マハンの『海上権力史論』(1890年)が取り上げられる。クラウゼヴィッツ戦争論』が陸軍の古典であるとすれば、本書は海軍の古典である。軍艦の種類の説明等はわかりやすかったが、本書の要点はよく理解できなかった。とくに、シーパワー(海上権力)と制海権の違いも十分に理解できなかった。

 第8章は、政治家ビスマルクとタックを組んで、ドイツ帝国を誕生させた参謀のモルトケについての話だ。参謀(staff)とは、いわば軍のブレインで、軍令部のことを指すといってよいだろうか。稀有な軍事的才能を持ったナポレオンは、戦略や作戦の立案まで一人で行ったため、フランスには参謀の制度が育たなかった。一方、ドイツでは、シャルンホルストらによって参謀の仕組みが整備されていった。普仏戦争でのモルトケの参謀の名声は世界中に広がり、日本にも軍政を担う陸軍大臣に対し、軍令を担う参謀総長が生まれた。海軍では、参謀総長ではなく、軍令部長という。ちなみに戦時には参謀総長軍令部長とが大本営を構成する。

 第9章では、第一次世界大戦の特徴について述べられる。それは、(1)攻撃力を防御力が上回ったことから生じた持久戦、(2)経済と社会の全体が戦争に奉仕するように再構成させた総力戦、(3)戦車、飛行機、そして科学(化学・生物)兵器といった新兵器の利用、の三つに要約される。グロチウスが毒の使用を禁止していたことを思い出して欲しい。毒は古代から戦争で使わないことがルールだった。それはなぜかということを、本書では実証しているわけではないが、筆者の考えでは、毒が本質的に弱者の武器であったからだと推論する。つまり、毒は兵力を持たない人間が、容易に兵力をもつ人間を倒すことが可能であるため、職業的な戦闘員にとって受け入れがたいものだったというのだ。(ここには戦争を一種の「文化」とみなす眼差しがあるだろう。戦後の私にとっては理解に苦しむが、当時の歴史的文脈の中ではそれが真実だったのかもしれないとも思う。)しかし、戦争が膠着し、決着がつかないため、ルールを踏み越え、科学兵器を利用するしかなかったのが第一次世界大戦であったという。あまりにも凄惨な戦争であった第一次世界大戦は、近代文明に対し深刻な打撃を与え、科学と人類の進歩を無批判的に信じてきた素朴な価値観に揺さぶりをかけた。第一次世界大戦をきっかけに、1928年にはパリ不戦条約が結ばれるなど、平和主義が広がり、人々の考えは変わった。しかし、日本はこれを素通りした。

 第10章は第二次世界大戦についてだ。第二次世界大戦の特徴として、グデーリアンが編み出した電撃作戦と、空母を主体とする機動部隊の戦力化、航空機による無差別爆撃、そして原爆の利用などが挙げられる。無差別爆撃というのは、輸送施設や、軍需施設などを攻撃目標として破壊する戦略爆撃から結果として避けられない巻き添え被害(collateral damage)を承知の上で、都市部を絨毯攻撃することを指す。民間人を意図的に殺傷することは、戦時国際法に反するのではないか。本書では、相手国が先に行った場合には報復として同様の行為が許されるべきだという法理も存在するため、アメリカの日本本土空襲もそれによって正当化される可能性があると指摘される。しかし、これは本当なのだろうか。何に対する報復なのか、その法理はどのように導かれるのかといったことが示されていないので、このあたりの記述はとても曖昧である。

 第11章は、日本軍の「奇妙さ」について考察される。ここでは、資料として、将校のマニュアルである『歩兵操典』、『作戦要務令』、指揮官と参謀の作戦立案の基本となる考えが述べられた『統帥綱領』、『総帥参考』などが扱われる。『統帥綱領』に関して、著者は、第一次世界大戦後の戦略思想を全く取り入れておらず、物量における劣勢を、統帥と精神力で補おうとする非合理な精神主義が目立った書物であると述べる。さらに、そのギャップをうめるべく、毒ガスの使用も辞さないとされた。『統帥綱領』は戦後全て焼却された。それは、毒ガスが実際に使用され、その使用の責任は、最高統帥である天皇に及ぶと考えられたからであるという。

 最終章では、テロと未来の戦争について述べられるが、興味深かったのは、ロボット戦の倫理問題だった。生命を持たないただの機械である戦闘ロボットは、すでのアメリカのDARPAで研究開発されている(「ビッグドッグ」)。

 

 機械による一方的な殺人は、許しがたい倫理的な問題があるように思える。しかし、本来戦闘資格のないテロリストに対してならば、その利用の垣根は低くなるかもしれない。また、日本でも、自衛隊の代わりに戦闘ロボットを配備すれば、「自衛隊の命を守る」ことを保証しつつ、軍事的な安全保障の整備に寄与できるかもしれない。つまり、戦闘ロボットは、一面では導入されるべきだという素地もある。特に戦争はルールを伴った制度であるという見方だけでは、戦闘ロボットの導入を批判することは難しい。戦闘ロボットの導入に潜む倫理的な問題は、より深い次元で議論されなければならないと思った。

 僕は、それは「殺傷の感覚」にあると思う。これは仮説でしかないが、おそらく兵器の歴史は、徐々に「殺傷の感覚」が小さくなるように発展してきたのではないだろうか。(無論これを示すためには、軍事史や兵器の技術史を詳細に紐解く必要がある。) そして、戦闘ロボットに至って、殺傷の主体はネットワークの中に埋没し、殺傷が宙に浮いてしまうのではないだろうか。それは、単に兵器あたりの殺傷可能な人数が増えたということではない。確かに、科学兵器の本質は、大量破壊というところにあるのかもしれない。しかし、ここで問題にしているのはあくまで、主体と客体との関係の問題だ。戦争は国家レヴェルでなされるが、実際の人間が戦闘主体である限り、個人が他者(等)に暴力を行使し、場合によっては生命を奪う。そうした人間同士のやりとりが大量破壊兵器の使用によって変質し、無人戦闘ロボットにおいて、最終局面を迎えるのではないかと思う。

 

文献:橋爪大三郎『戦争の社会学-はじめての軍事・戦争入門』(光文社新書、2016年)

 

戦争の社会学 はじめての軍事・戦争入門 (光文社新書)