遠山茂樹・今井清一・藤原彰『昭和史[新版]』を読みました。

 

 本書は、昭和の歴史を、政治・経済・文化の諸分野の動きを統一的に把握しながら、14年間の戦争に重点を置いて叙述した史書である。

 第1章「第一次世界大戦後の日本」では、戦争がなぜ起こり、なぜ国民の力が勝利しなかったのかを捉えるべく、大正期まで遡り、当時の国際的/国内的条件が模索される。

 1926年に「昭和」と改元した近代日本は、大きな転換点にさしかかっていた。第一次世界大戦は戦場における軍事力のみならず、それを支える国民総力の供給=「銃後」が勝敗を決める「総力戦」であったが、それゆえに、多くの犠牲を強いられた民衆の不満と反抗を蓄積させ、革命の機運を高めた。一方、日本は、ヨーロッパ諸国がアジア市場から撤退した隙に日本商品を進出させ、戦争を契機とした独占資本主義体制を形成することに成功した。また、1919年ヴェルサイユ講和会議では、中国やアメリカの反対を押し切って山東省の旧ドイツ権益を獲得した。これらのことは、第一に、英・米との政治経済的対立を深めることにつながった。1921年からのワシントン会議では、日本側が防備制限の6割で譲歩したが、国内では節約した費用で戦車・航空隊の整備を進めていた。第二に、中国の民族解放運動と直面することになった。1919年には北京の学生らが山東省に対する日本の要求受け入れに反対する五・四運動が起こった。憲政護憲運動の指導者や民本主義の思想家らは、こうした革命運動に共感を示す一方で、21カ条の要求の際には、列強が争っている状態ではやむを得ない措置だとし、総じて現実と妥協してしまったと述べられる。第三に、大衆の民主主義的要求につながった。1918年のシベリア出兵の後に起きた米騒動は、民衆の力を示すことに成功し、平民宰相の政友会原内閣を出現させたと述べられる。

 第2章「政党政治の危機」では、戦争とファシズムの時代に入るまでの、民政党内閣の政策が破綻する過程が描かれる。中国の国民革命軍の勢力へ抗するためのイギリスとの共同出兵を断った「幣原外交」は、革命軍側の陣営の分裂を生むことに成功した一方、国内では、震災後の金融恐慌の激化と台湾銀行の破産を受け、倒閣を策動する動きが強くなった。幣原外交の軟弱さ故に、中国にある権益が踏みにじられ恐慌を招いたとして、その責任が追及されたのである。そして枢密院を根城にする官僚政治家らを中心に、台湾救済緊急勅令を否決し、若槻内閣を総辞職に追い込んだ。代わる政友会の田中内閣も、革命軍の満州に及ぶ事態を収束すべく、二度にわたる山東出兵に踏み込んだ。しかし、中国の民族運動が持つ底力を認識できておらず、張作霖の爆破事件の背後に軍閥があるのではという疑念は世界に広まった。この事件の後始末や、続くパリ不戦条約における各隊と憲法違反をめぐる問題から、1929年浜口内閣が誕生するが、ロンドン条約天皇統帥権を干犯したとして、首相は右翼少年に狙撃される。また本章では、こうした政治の動きに対応して、民衆側の抵抗の諸相も丹念に描かれる。恐慌のもと大資本の結成が進む一方、労働者への負担は蓄積し、29から30年に渡り相次ぐストライキが起こった。加えて生産力の低い農村への影響も甚大で、小作争議も年々拡大していった。

 第3章では、14年間に渡る大戦争の第一歩となる満州事変と、その後の幾つかの事件の問題が扱われる。ロンドン条約問題等で政府との溝を深めた陸軍は、すでに満州問題の武力解決を図る「満州問題解決方針の大綱」を決定していた。そして1931年関東軍の陰謀により、柳条溝で満鉄の爆破事件が引き起こされ、以後満州占領計画が進行する。32年には関東軍の内面指導下に置かれた傀儡国家である「満州国」が作られた。さらに33年には国際連盟を脱退し、満州事変によって醸し出された国民的興奮の中で、国際的孤立に向かって歩みを始めた。こうした中、国内で軍国主義化の先頭に立ったのは青年将校らであった。しかし、二・二六事件をもって、既存秩序の破壊を通じて蜂起するという形でのファシズム運動は終わり、以後、軍幕僚層を推進力とし、軍部による組織的なファッショ化が推進されると分析される。

 第4章では、日中戦争前後に、軍備が拡張していく様が描かれる。とりわけ1937年に発動された軍需工業動員法を皮切りに国家総動員体制が整備されていく過程は、言論統制や抵抗組織の解体などを伴い、日本のファッショ化が急ピッチで進んでいく歩みを表していた。

 第5章では、第二次近衛内閣が日独伊三国同盟を結んだ1940年から、1945年ポツダム宣言を受諾するまでの、太平洋戦争の歴史が描かれる。「情勢にたいする客観的判断と希望的観測とをとりちがえる常套的な過ち」であった南部仏印への進駐をもって日米交渉は亀裂し、41年12月8日の真珠湾攻撃を行った。また、マレー半島における陸軍の上陸も成功し、イギリス艦隊のプリンス・オブ・ウェールズとレパルスを撃沈するなど、緒戦は予想外の成功を果たした。しかし、政府・統制部はこの勝利に酔い、戦力の正しい評価を見失い、ミッドウェー作戦での大敗、ガダルカナル島撤退等により、日本軍は態勢を立て直すのが困難になっていった。一方、植民地支配に苦しめられていた東南アジアの諸民族は、各地でゲリラ活動を活発に展開した。また軍隊への動員、軍需工場への流出による農業労働力不足は、深刻な食糧危機をもたらした。初めて「特攻隊」を使ったレイテ戦の敗戦は、太平洋戦線を完全に崩壊させ、44年からは米軍機による無差別都市攻撃が始まり、45年8月には広島と長崎に原爆が投下された。加えて、ソ連の参戦は日本にポツダム宣言受諾へ踏み切らせることになったが、「国体護持」を巡って紛糾し、その間にも空襲の被害は増えていった。

 最終章で特筆すべき点は、まずその前半で、第二次世界大戦の性格を分析している点である。筆者によれば、それは第一に、双方からの反帝国主義戦争だったこと、第二にファシスト諸国の侵略に抵抗する反ファッショ戦争だったこと、最後に被抑圧民族の解放戦争という性格である。この三つの条件が絡み合い、その時々によって流動していたのが先の大戦だったという。

 本書の優れた点の一つは、「はしがき」でも示されているように、戦争へ突入する時代を、政治のみならず、経済や文化の側面にも注目して叙述している点である。とりわけ経済に関して、金融恐慌の裏でカルテル・トラストの結成を通じて大資本の産業支配が進行した様子、また文化に関して、第一次世界大戦後に世界で芽生えた新カント派の理想主義哲学やコスモポリタニズムが、戦争の惨禍を直接経験しなかった日本で、のちに厳しい試練を受けることになるといった指摘は、戦争へ向かうリアルな姿を浮き彫りにしている。さらに、歴史のアクターとして、為政者だけでなく民衆にも焦点を当て、両者がどのように課題を乗り越えていったか描いている点も優れた点だ。一方、最大の限界点は、政治・経済・文化に漏れて「科学」というモメントが欠落している点だろう。日本の敗戦は、科学戦の敗戦でもあったこと、戦時中の科学動員の経験が戦後の高度経済成長を支える人員を要請していたことなどはよく知られている。あるいは、2011年の福島の原発事故は科学技術と資本制が生んだ悲劇であった。昭和史は、現代における科学と社会をめぐる諸問題のルーツを示せる可能性があるが、それらを本書に見いだすことは困難だろう。

 

文献:遠山茂樹今井清一藤原彰『昭和史[新版]』(岩波新書、1959年)

 

昭和史 新版 (岩波新書)

昭和史 新版 (岩波新書)