吉岡斉『科学革命の政治学』を読みました。

 

 

 本書は著者の3冊目の単著で、科学社会学の分野では、前作『科学社会学の構想』に続いて書かれた2冊目の作品である。ここでは、『科学文明の暴走過程』で展開されるジャパニーズ・モデル/アメリカン・モデルといった図式の萌芽も見られ、開放系モデルに基づく分析もより詳しめになされていると感じた。本書の表題は「現代科学の社会史」としても良かったのだが、今日の科学界の運営の仕方が「政治的」になっていること、現代科学が政治権力と密接に関わっていることを強調する意図を込めて、「科学革命の政治学」としたという。

 1-3章では、20世紀の核物理と天文学の発展過程を、顕微鏡と望遠鏡という二つの道具に焦点を当てコンパクトにまとめられる。ここでは科学革命に関する具体的な多くの「データ」が提供される。その上で、4章からは、科学研究のシステム構造に関する分析がなされていく。その中ではしばしば1-3章で見てきた具体例に落とし込んで議論が展開される。そして最後の8章は「科学革命とノーベル賞」と題され、ノーベル賞の社会的インパクトの径路は、現代科学という癌細胞に栄養を注入すること、つまり科学者の大群をラットレースに駆り立て、科学研究野放図な増殖を促進することであると考察される。どれも興味深い章だったが、特に重要だと思われる4章と7章を取り上げて、内容をまとめ、さらに限界点などを考えたい。

 

 第4章 科学研究システムの構造では、専門分野を開放系(オープンシステム)、すなわち取り巻く社会との間に活発な「モノ」と「情報」のやり取りをしている「二元論的」システムとみなす視点が導かれる。すると、科学理論よりも科学活動の方が基本的な分析対象となり、また科学研究の基本的な目標が、システムを定常的に維持すること、さらにそれをスケールアップすることであることが一目瞭然となる。なぜなら、科学の世界では一番手のオリジナルな業績だけが学問的に評価され、同一の生産物を定常的に作り続けることは無意味であるからだ。つまり、科学研究システムにおいては、活発さを維持するためにはオリジナルな情報を過去と同じかそれを上回るペースで算出しなければならず、そのために必要な諸資源は時とともに増大する。さらに、過去と同じ分量のアウトプットを生産するためだけでも、実験装置や観測装置を絶えず大規模で精巧なものへと置き換えていかなければならず、単位情報生産量あたりのコストは上昇する傾向にある。開放系を導入するメリットとしては他に、科学研究においては新陳代謝が不可欠だということがわかり、科学活動と外界とがどのようなルートを介して相互作用するかに関する概念的な見取り図を与えてくれるということもある。その一方、開放系モデルは、「通常科学」を対象にしており、革命期に関しては別途の考察を要すること、および個々の科学理論のダイナミクスを十分に表現しにくいといった盲点も存在すると述べられる。後半では、科学活動の「私有化」という現象に注目される。科学の私有化(privatization)とは、具体的ミッションを担うスポンサーが大規模な研究投資をし、それに伴って専門分野の動向に対して大きな影響力を行使するようになる事態を指す。そして、現代科学の自己増殖性と私有化は、排他的にみえて、実際には持ちつ持たれつの関係にあり、両者が関わりあって数々の社会問題を発生させているという。私有化の進展により、科学のパワーのコントロールに役立つ情報の多くが非公開とされているため、野放しなポワーに対して人間社会が潜在的に行使しうる限定された制御能力でさえ、十分に発揮できなくなっている。つまり、現代科学は悪用や過失によってではなく、そのシステム論的な特性の故に、さまざまな社会問題の発生源になっていると指摘する。

 

 第7章 科学革命と国家権力では、まず科学研究の世界では、国家と革命の関係は密接だという事実が確認される。坂田昌一のいう、政治の論理/科学の論理の図式、つまり科学の健全な発展は、科学的要求にのみ従い、科学者自身によって作られた計画に基づいて可能そなるという考えからすると、科学と政治権力が敵対関係にあるような印象を受ける。確かに、ミクロな視点で見れば互いに対立関係にあるが、よりマクロな視点から見れば、一般市民を排除し二者だけをメンバーとする閉鎖的なサークルの中で、財源分配ゲームに熱中しているのだという。そして科学と国家の蜜月関係が生じたのは、WW2以降であり、それを契機にパトロネージからインベストメントへと性質が変わったのだった。また、1930sの科学者らは一致してファシズムを科学の敵とみなし、また多くの場合共産主義にも同じような脅威を感じていた。その例として、ドイツの「アーリア的物理学」キャンペーンが挙げられる。しかし、イデオロギー的理由による科学者の統制は、特に軍事分野において各国でその後も盛んに行われているという。その例として、オッペンハイマー事件が挙げられる。彼は、ロスアラモス原始兵器研究所の所長として、原爆製造に大きな役割を果たし、戦後、AECの一般諮問委員会GACの委員長の要職を務め、アメリ原子力政策に大きな影響力を行使した。しかし、1949年のソ連の原爆実験の成功を受け、トルーマン政権は1950年に水爆計画にゴーサインを出す。そしてAECは54年、オッペンハイマーに国家機密に関与する権限を剥奪する評決を下す。理由としては、(1)過去に共産主義者の知人と度々接触していたこと、

(2)水爆開発に反対の態度をとったことがあると言われる。この事件は、政治権力が国益という大義名分を振りかざし、気にそぐわない科学者らを恣意的に排除したケースとみなされた。しかし、著者によると、オッペンハイマーの実像は大きく異なっていた。第一に、水爆開発を否認した背景には、世界中の反感を招き、アメリカの国益を損なうだろうという配慮と、そうした兵器は当面アメリカの酷寒安全保障にとっては必要無いという判断があった点。第二に、 一般諮問委員会答申の中には、戦術核兵器の開発を強化すべきという項目があった点である。その後、アメリカの水爆開発計画は順調に進められ、1952年には最初の水爆実験に成功した。その後の米ソを中心とする核軍拡競争のポイントとして、以下の2点を挙げる。(1)核弾頭と運搬手段の双方の領域で展開され、それにより核戦力は不可逆的な増強を続けてきた。(2)開発競争をリードしてきたのは、アメリカ(ex ICBMや SDI戦略)であったことである。そしてその背景には、現代科学と現代技術の自己増殖性があると述べられる。

 

文献:吉岡斉『科学革命の政治学』(中公新書、1987年)

 

科学革命の政治学―科学からみた現代史 (中公新書)

科学革命の政治学―科学からみた現代史 (中公新書)