内田樹・石川康宏『若者よ、マルクスを読もう』を読みました。

 

 内田氏、石川氏との往復書簡形式で、『共産党宣言』、『ユダヤ人問題によせて』、『ヘーゲル法哲学批判序説』『経済学・哲学草稿』、『ドイツ・イデオロギー』のそれぞれの「聞かせどころ」を紹介するといった本。

 内田樹曰く、マルクスを読むというのは、何か「正しいこと」を学ぶための「勉強」ではなく、日常的な思考の枠を超えて「切迫してくるもの」に圧倒される経験で、それはちょうど天才作曲家の音楽を聴いたりするのと同じ経験だと言います。このような書いているくらいなので、内田氏はマルクスのテクストを「精読」するみたいなことにはあまり関心がないようで、石川氏の「真っ向な」解説の後で、内田流のより噛み砕いた形で解釈されるといった構成になっています。確かに、石川氏の解説がマルクス研究者らしい読解だと思いますが、結局何が言いたいのかよくわからないところはあります。それを内田流解釈で、肉感的に分かるように示されるというスタイルになっているので、面白く読めました。

 例えば、『ドイツ・イデオロギー』で解明される「史的唯物論」を、内田氏はこう説明します。根っこから邪悪な人間がいるとして、その人がたまたま老人に席を譲るなどの善行をしたとします。史的唯物論的にはその人は「いい人」ということになる、なぜなら「本当は何者であるか」という本質的な条件は極端な話どうでもよく、その人が「何を生産し、いかに生産するか」によってその人間が決定されるからだ、と。正確には善行は生産ではないというエクスキューズ付きですが、なるほどなあと思いました。(ついでに、そこからさらに話が展開し、「自分のことを善良で有徳な人間であると思い込んでいる人のほうがむしろ卑劣な行為や利己的な行為をすることをためらわない」ことに気づいたといった暴走が始まり、面白いです。) それから「類的存在」を、「公私が文字通り一つになった状態」と解釈している点も面白かったです。

 

文献:内田樹石川康宏『若者よ、マルクスを読もう』(角川ソフィア文庫、2013年)