吉岡斉『科学文明の暴走過程』を読みました。

 

 

  本書の主題は、「科学技術体制」(=研究開発活動のマクロの推進メカニズム)の構造に関する一般理論の骨子を示すことにあり、科学技術社会学の分野におけるやがて書かれるであろう『資本論』の基本的筋書きを示すものであると書かれている。(実際、その『資本論』に相当する書物がかかれたのかどうかはわからない。) 感想を一言で言うと、もっとはやい段階で読むべきだったということに尽きます。以下では、内容をやや丁寧に追っていきたい。

 

 第1章 科学技術構造学の考え方では、研究開発体制の標準である研究機関の基本モデルである「開放系」モデルが提示される。が、その前に科学技術社会学における基礎概念が整理される。まず、科学技術とは、(1)情報という形で表現される知識・テクニックの体系、(2)自然界に対する人間の認識・製作行為、(3)人間集団が営む社会活動という3つのモメントの複合体であるとした上で、科学技術社会学では(3)の社会制度としてのモメントの分析を主目的とする研究の総称であると定義される。そしてその最も基本的なコンセプトは科学技術の「制度化」である。それは、「研究開発を専門的に行う組織体(システム)が社会に中に作られ、それらは定常的に維持されるようになる状態」と定義される。吉岡の定義は、バナールの「制度化=職業専門化」とする定義よりも広い、より一般的な形で定義したものである。なぜなら、今日の科学者は、伝統的古典的プロフェッションとは大きく異なり、普通の被雇用者と同じ生活を営んでいるからである。制度化は19世紀後半から生じ、20世紀に入ると「体制化」という特有の現象が生じた。続いて、科学技術を、国営科学とコーポレート科学、そして民間科学と分類し、さらに、国営科学を(1)国策科学、(2)公共科学に分ける。国策科学とは、軍が出資する軍事科学と、それ以外の政府機関が出資する戦略科学から成る。そして、公共科学とは、経済的・社会活動のインフラ整備や公共サービスなどの行政目的とした公益科学と、科学技術活動のインフラの整備を目的とするアカデミズム科学から成る。制度化された組織単位で標準的なものは研究機関であるが、それは「開放系」モデルで表現される。それは、資源(ヒト、モノ、カネ)と情報の双方の流れが交錯する二元論的な構造をし、その観点からすると、制度化の本質とは、「研究のために必要なモノと情報を定常的に供給し変換し続ける仕組みがつくられ、その仕組みが十分に高い安定性をもつこと」となる。つまり、システム自体を定常的に維持すること、それを準定常的に拡張することが科学研究の制度的目的なのであり、「真理探究」はあくまでその機能にすぎないことが指摘される。さて、単位情報生産量あたりのコストは一般的にどんどん上昇するゆえ、科学研究システムは強い自己増殖志向をもつことになる。吉岡は、これを「癌細胞」というアナロジーで表現する。ここでは、出資額の成長率成長率もまた大きいことが不可欠であり、これは資本の動特性と類似していると述べられる。つまり、科学も資本も自己増殖を制度目標とする法人組織であり、自己増殖にとっての不可欠の必要条件として、新しい生産物を不断に作り出すか、既成の生産物の生産工程の合理化・効率化を達成しなければならず、不断のイノベーションを推進しなければならないのである。ところで、この開放系モデルには、システム内部の機構において、資源や情報が流れる仕組みである内部構造と、システムと外界とを結びつける機構において、資源および情報が流れる仕組みである連結構造とに分かれ、その2つの複合体としての性質について、体系的な見取り図を立ちえることが科学技術構造学の基本的な課題であると述べられる。つまり、科学技術構造学とは、「科学技術を一種の情報生産システムとみなし、その「開放系」としての構造と動特性とを、社会科学的な視点から体系的に究明するための学問」と定義され、(1)情報と資源のインプット過程における科学と社会の関わりの構造分析、(2)科学活動の基本的ユニット内部での情報・資源変換過程がいかに編成されるかの構造分析、(3)情報と資源のアウトプット過程における科学と社会の関わりの構造分析を行うことがその任務とされる。それは、個々の研究開発ユニットが基本的な構造分析のユニットとするミクロ構造学と、国家単位の科学技術体制を対象とするマクロ構造学に分けられる。科学研究のシステム論的健全さとは、「価値」の高い科学技術情報を大量かつ効率的に生み出すことを意味する。マクロな見地からは、研究機関の接触的な新陳代謝を円滑に行いつつ、研究活動全体の規模を順調に拡大させていくような状態が「健全」である。科学技術は研究当事者の利益のために推進されているため、公益に貢献することは、技術開発の副産物である。したがって一般人にとっては、システム論的に健全な科学は、「歓迎すべきもの」ではない可能性があると指摘する。さて、こうした科学技術構造学の視点からすると、「科学者の社会的責任」は、ここの科学者のモラルの問題ではなく、科学研究システムの制度的構造の問題であることが導かれると言う。「高いモラルは科学者として社会的に尊敬されるための十分条件ではない。」と、筆者は言う。強烈だが、非常に重要な指摘に違いない。

 

 続く第2章では、アカデミズム科学について、詳しく分析される。吉岡は、まず、科学史家に広く共有されている「基本形・変異形図式」の問題点を明らかにするところから始める。それはすなわち、教育界に創設された研究体制(アカデミズム科学)が、科学研究システムの「基本形」をなし、官界・三業界で整備されていった研究体制(国策科学とコーポレート科学)はその「変異形」に当たるとする見方である。それは3つの点で誤りであるという。第一に、アカデミズム科学からマンパワーと知識のストックが供給され、国策・コーポレート科学が生まれたのではなく、正確には、実用的業務に教育界で専門的訓練を受けたマンパワーが進出し、研究専門の組織体が作られることにより、従来のそれが「科学化」されていったという点。第二に、基本形であるアカデミズム科学の制度的目標こそが「健全」なものであるという謝りに陥りやすく、それは相対化されなければならないという点。最後に、すでにアカデミズム科学は現代科学技術全体の中での主流の地位を、国策科学やコーポレート科学に譲っており、アカデミズム科学は傍流なのであるから、それを基本形とすることは大きくバランスを欠くという点である。ここで、筆者は、なぜアカデミズム科学に対して今日の先進国が例外なくかなり巨額の研究費を出資しつづけているのか、そこにいかなる政策合理性が存在するかと問題を立てる。

 アカデミズム科学は、研究機関の運営上のオートノミーが親機関により制度的に保障されており、かつ構成員である個人の行動も自律的であるという「二重のオートノミー」が認められた科学であることが特徴であるという。オートノミーであるというのは、組織体がその内部運営に際して、「資源配分権」、「情報管理権」、「人事権」を独占的に保有し、それらを外部勢力に分与しない状態のことだ。アカデミズム科学においては、情報管理権は、レフェリーシステムを持った地球大の専門学界が掌握しており、資源配分権と人事権は、研究機関と親機関が掌握している。ところで、専門学界はインターナショナルな性格をもつのに対し、研究機関はナショナルな性格をもち、この意味において、科学技術の推進機構は一般に、専門学界と研究機関という互いにかなり性格を異にするに種類の組織単位の「複合体」であるということができる。そして、アカデミズム科学の場合、前者の方が主要な役割を果たしている。すなわち、資源配分権は、専門学界の主要メンバーからなる委員会が決定権を行使し、人事権も専門学界が研究業績の評価の主たる担い手である。しかし、研究機関側の決定権が全面的に譲渡されているわけではない。アカデミズム科学は、財源を全面的に外界に依存せざるを得ないゆえに外界からの干渉を受けやすいのである。まとめると、アカデミズム科学は二重のオートノミーが相当程度許容されてはいるが、それ以外の点ではコーポレート科学と同様の性質をもつとされる。

 さて、アカデミズム科学の性質をここまで分析した上で、いよいよなぜ主要先進国はアカデミズム科学の育成に巨額の予算を投入し続けてきたのかという問いが考察される。それは以下の4つの理由による。第一に、国策・コーポレート科学のインフラとして、相当程度の規模のアカデミズム科学を育成することが不可欠であるという信念を、政府が持ち続けてきたという理由がある。分かりやすくいえば、国策・コーポレート科学は基本的に情報の秘匿を基本とするので、その比率が大きくなっていくと、公開メディアを流れる情報はそれにともない減少することになる。すると、私有化科学は十分に強大な公開情報インフラストラクチャなくしては、発展を大きく阻害されることになる。したがって公開を原則とするアカデミズム科学が、それらを維持するために不可欠になる。第二に、アカデミズム科学者の情報媒介機能を利用して外国のアカデミック研究を無料で入手して、自国につなげるためである。そのためには、自国のアカデミズム科学を育成しておく必要が有る。第三に、人材養成機能と、御用学者集団(=ニュートラルな意味)の養成のために大学という特殊な機関を維持するためである。最後に、アカデミズム科学への出資は、それ自体が官庁の縄張りとしての意味をもつからである。言い方を変えれば、アカデミズム科学への出資の削減は、出資官庁の縄張りの縮小を意味する。以上の理由により、先進国はアカデミズム科学への出資を続けるのだと分析される。

 さて、こうしたアカデミズム科学はラベッツに代表されるように、WW2以降、科学の産業化の進展につれて、学問的に頽落していったと考えられている。こうした「アカデミズム再生論」の問題を、吉岡はこう指摘する。すなわち、(1)アカデミズム科学は科学技術体制の周辺部にあるものであり、国策・コーポレート科学に対する批判論をどう構築するかが、現代科学技術批判の根本問題であるが、それを素通りしてアカデミズム科学の創造性・革命性を唱えても周辺部に対する批判に止まるということ、(2)アカデミズム科学の創造性・革命性が、全社会的に見て好ましい結果をもたらす保障はなく、むしろ、アカデミズム科学の創造性の高揚は、政治経済体制の指導者らが強く求めていることであり、アカデミズム科学再生論はそれと唱和するという指摘である。

 

 第3章では、現代科学技術の暴走メカニズムが明らかにされる。ここで、著者は、「科学技術のフィードバック・モデル」を提示する。それは、「政治経済ユニット(下部構造)は、研究開発ユニット(上部構造)に対して、不断の資源と情報のインプットを投入する。その結果生み出されるアウトプットとしての科学技術情報はただちに政治経済ユニットに還流し、その活動状態を変化させる」というモデルである。重要なことは、研究投資の充実が研究成果の増大をもたらし、それが親機関の維持・発展に大きく貢献し、それに味をしめた親機関が研究投資のさらなる充実を図るという正のフィードバックが形成されるという点だという。したがって、資本を同様、科学技術とは自己増殖する情報の運動体であり、研究開発システムは、情報の自己増殖を主たる目的因とする制度であることが主張される。そして、それを可能にしているのは、近代科学技術に特有な実験的・数量的な方法である。

 

 第4章の前半では、まず、体制構造に関して重要な二つの理想型が提示される。一つはアメリカン・モデルで、いまひとつはジャパニーズ・モデルである。前者は、国家本位、軍事中心、官産独立を特徴とする。最後の官産独立は、政府の営利追求への援助はタブー視されてきたことをいう。一方後者は、産業本位、経済中心、官産協調を特徴とする体制である。これは、自立的なものではなく、米ソ冷戦を基調とする戦後体制の特殊地帯にできた軍事的エアポケットの中で成長してきたものである。WW2終了までの日本の科学技術体制は「軍事中心」「官産協調」だった。それが、敗戦をきっかけに「相転移」した。

 しかし、と筆者は続ける。大事なことは、基本理念は戦中・戦後は本質的に地続きであるということ、すなわち「列強主義テクノナショナリズムイデオロギー」においては、戦後も連続しているのであり、戦後、自らの「浅学無知」を「反省」した日本の科学者らは敗戦とともに軍事技術から産業技術へと「転進」をはかり、そちらで米・英に対するもうひとつの「科学戦」を展開してきたと述べられる。

 さて、政治経済体制のテクノロジー化=科学技術の体制化は、日本においては、大戦勃発を契機に輸入資源が途絶えたことを背景に、1910年代後半に姿を現し始めた。1917年理研1921年東大航空研究所などの例がある。同時に、テクノミリタリズムも出現する。1915年海軍技術本部、1919年陸軍技術本部、陸軍科学研究所、1923年海軍技術研究所設立があげられ、軍事科学技術の研究体制が整備されていった。そして、1920s以降にあらわれた新しい流れとしては、「植民地科学」であり、台湾に研究機関・調査機関が次々と設置し始められる。1930sに入ると、日本の科学技術体制の画期的強化が図られ、1938年以降、体制の充実が急ピッチで進む。38年、企画院が国家総動員法を成立させることでひとつのピークを迎える。企画院は動員のイニシアチブをとっていたと言われるが、実際には陸海軍を始めとする多くの機関がそれぞれ自主的に科学技術動員を進めたと考えられるという。著者はこれらの動きに対し、全体としてのまとまりがなく、一貫したポリシーがなく場当たり的だったゆえ、著しく非効率なものになったと、指摘する。

 

 第5章 現代科学技術批判の哲学では、まず広重理論の意義と限界が考察される。広重科学史は、(1)近代物理学の学説史・思想史と(2)近代科学技術体制史に分かれるが、体制化された科学の異様なあり方を浮き彫りにするための対象枠として、旧アカデミズム科学の学説史・思想史の解明に精魂を傾けたのであり、体制化された現代科学への批判という問題意識を背景に持っていたという意味で、二つの研究は「統一」されていたと評価する。広重理論の問題点は、以下の4つであるという。(1)本格的な構造分析の欠如、(2)科学技術の反人間性に関する理論分析の欠如ならびに、それに起因する科学技術体制変革のビジョンの欠如、(3)近代日本の科学技術に対する敗戦前と敗戦後を串刺しにする統一的な批判の視点の欠如、(4)科学技術体制のライフサイクルへの洞察の欠如である。つまり、広重の主たる関心は、科学技術の発展が軍国主義帝国主義的な政治経済体制の強化過程の不可欠の一貫として進められたことを示すことで、啓蒙主義的な科学技術観を打破することだったのだという。 

 後半では、著者の現代科学技術の変革についてのアイデアが展開される。まず、オルタナティブな科学技術体制に関する構想を、科学技術体制論の枠内で展開することはほとんど無意味であるとする。それは、政治経済体制論の次元において展開されなければならないし、科学技術体制の新しいあり方に関するビジョンは、政治経済体制のビジョンからいわば「演繹」される形をとることになるだろうという。その上で、筆者は、オルタナティブな政治経済体制について体系的な青写真をもっていないが、「社会主義」ビジョンの再構築という発想法で、この問題にアプローチできるのではないかと考える。従来のマルクス主義者が生産力主義の立場をとり、生産力発展を社会主義の主要なメリットの一つとみなしてきたのに対し、筆者は反対に生産力の抑制をオルタナティブ社会主義の主要なメリットの一つであると捉えている。大事な点は、生産力抑制は必ずしも人間的欲求を抑圧するということを意味しないことである。

 

 とここまで途中省略しつつ、ざっくりと要約してみたが、未だ充分な理解に達したとは言えない。そして何より、この論考をどう自分に引きつけるかをしっかり考えなければならない。さしあたって、戦時動員に関して言えば、「日本の科学技術動員の全体像についての鳥瞰図を作成し、また同時に科学技術動員のパフォーマンスと効率性に関して体系的な評価枠組みを作成し、この両者に基づいて日本と諸外国の科学技術動員に関する本格的な比較研究を実施することなくしては、「失敗」を説得的に論証することはできない。」と述べられるが、この大きな観点は常に持ち続けたい。そして、吉岡氏が現代の科学技術体制をどう捉えて、どう変革しようとしていったのかを考えるべく、引き続き読み続けていきたい。

 

追記(9/15)

 

 僕自身が感じた『暴走過程』の限界点についても、少しメモしておきます。まず、開放系モデルについて、「生存と成長」こそが、科学研究の制度的な目標であって、「システムを定常的に維持するだけのためにも、研究費は不断の増額する(p22)」とあります。単位情報生産量あたりのコストは一般的に時とともに上昇するというのは、研究者や親機関の出資者からすれば当然のことかもしれませんが、実際どうなんでしょうか?自己増殖傾向を持ち、癌細胞のように振る舞う研究機関の具体的な姿が、実証的には示されていないので、抽象的なモデルを提示するレベルで終わっている点が一つ限界点としてあるように思いました。そもそも本書自体がやがて書かれるはずだった『資本論』の「基本的筋書き」を示したものである以上、実証的な分析にふみこまなかったのは当然といえば当然ですが、その点はのちに分析されるべきだと思います。歴史研究もそうですが、こうしたSTSの研究においても実証的な分析は重要だと思います。(どんな形でできるかは全くわかりませんが。)

 もう一つは、本書では、研究開発機関を資本とのアナロジーで捉えていると思いますが、本当に単なるアナロジーなのか疑問です。というもの、例えば原発に見られるように、資本制の中に科学技術が取り込まれているとするならば、それはアナロジーではなく、実際に資本主義と科学技術が協働していると見るべきだと思います。この辺りはまだ整理できていないのですが、いずれにせよ、資本主義と科学技術の関係については、もう少し踏み込んだ議論が必要だと感じました。

 

文献:吉岡斉『科学文明の暴走過程』(海鳴社、1991年)

 

科学文明の暴走過程 (叢書:技術文明を考える)

科学文明の暴走過程 (叢書:技術文明を考える)