松尾豊『人工知能は人間を越えるか』を読みました。

 

 アマゾンのレビュー数などから、本書はおそらくAIの入門書の決定版といって良いのではないでしょうか。少し難しい箇所もありますが、とても面白く、信頼できる内容だと感じました。

 本書の主張は、第三次AIブームをブームたらしめてる「ディープラーニング」の意義を、「データをもとに何を特徴表現とすべきか」をコンピュータが自動的に獲得することができる可能性に見出し、それまでは不可能だったその特徴量を使って表される概念を獲得し、知識を記述するという道が開かれたとしている点だと思います。

 第1章では、人工知能の様々な定義を紹介し、世間で言われている「人工知能」をレベル1-4まで分類しています。例えば、私が持っている掃除ロボット「ルンバ」であれば、入力と出力を関係付ける方法が洗練されていて、その組み合わせが多いとされるレベル2に該当するのではないかと思います。レベル3以上になると「機械学習」を取り入れ、いくつかのサンプルから自分でルールを作ることができ、レベル4になると特徴量(データの中のどこに注目するか)を自分で発見し、効率的な仕方を学んでいくといいます。

 第2章から第5章までは人工知能研究の歴史が説明され、ディープラーニングの意義が明らかにされます。1950年代後半〜1960年代の第1次AIブームのキーワードは「推論」と「探索」で、探索木(場合分け)を行って、人間の思考過程を記号で表現し実行しようとしました。しかし非常に限定された状況の中でしか問題が解けなかったことや、アメリカ政府の機械翻訳は当分成果が見込めないとするレポートが出されたことがきっかけで、ブームは下火になりました。

 そして1980年代から起こった第2次AIブームでは、「知識」を使ったエキスパートシステムが注目されました。スタンフォード大学で開発された、伝染病の血液疾患の患者を診断し、抗生物質を処方するようにデザインされたMYCINが有名で、69%の確率で正しい処方ができたと言います。しかし専門分野ではなく、より広い分野の知識を扱おうとすると、とたんに知識を記述することがむずかしくなり、特に「常識レベルの知識」が難敵でした。ここで、興味深い例として「翻訳」が挙げられています。“He saw a woman in the garden with a telescope.”という文を、普通は「彼は望遠鏡で、庭にいる女性を見た。」と訳しますが、文法的には、庭にいるのは男性なのか女性なのか、望遠鏡を持っているのは男性なのか女性なのか決まりません。人間はそれまでの経験で「望遠鏡を覗いているのは男性の方が多い」「庭にいるのは女性の方が多い」ということの方がなんとなくありそうだと判断してそう訳すというのは、考えてみれば面白いことだと思いました。他にもフレーム問題やシンボルグラウンド問題といった壁にぶつかり、このブームも下火になっていきます。

 1990年代からwebページや検索エンジンの開発を背景に、web上のテキストを扱う自然言語処理機械学習の研究が進展したといいます。前者は文の構造を理解して訳すのではなく、「こう訳される確率が高い」という単純に当てはめていく方法で、先ほどの翻訳のアポリアをある程度クリアできるようになりました。後者の代表的な方法が人間の脳神経回路を真似したニューラルネットワークで、答え合わせをして間違えるたびに重みづけの調整を繰り返して、認識の精度を上げていく「バック・プロパゲーション」が有名です。機械学習においては、データの中で特に注目する量である特徴量を設計することで、どの変数を読み込ませるかは、結局人間が頭を使って考えるしかなかったそうです。それを乗り越えたのが、トロント大学のヒントン氏を中心として開発された「ディープラーニング」でした。これは、自己符号化という「情報圧縮器」を用いることで、相関のあるものをひとまとまりにすることで特徴量を取り出し、それを用いて高次の特徴量を取り出すことができるといいます。正直、このあたりがむずかしくてよくわからなかったのですが、要するにディープラーニングは、「データをもとに何を特徴表現とすべきか」をコンピュータが自動的に獲得することができるものだと理解しました。

 果たしてこのディープラーニングを搭載した人工知能は人類を征服することがありうるのかという問について著者は、「世界の特徴量を見つけ特徴表現を学習する」ことは予測能力向上に重要であるが、自らが意思を持つことや、自ら人工知能を設計し直したりすることとは、天と地ほど離れていると冷静な見方をしています。

 個人的に気になったのが、やはりAIと軍事との関係ですね。アメリカではDARPA人工知能研究の巨大スポンサーであったし、近年では自動操縦の無人機を兵器として使うことを禁止すべきかどうかについて、国際条約制定の議論が始まっているといいます。ドローン技術もそうですが、AI兵器は軍事面に大きな変革をもたらすと想像できます。

 それから、「AIと身体」も興味あるテーマだと思いました。シンボルグラウンド問題は、コンピュータが概念を獲得しないまま、記号を単なる記号表記としてのみ扱っているため、「シマウマ」が「シマシマのある馬」だと理解できないといった問題だとのことですが、現実世界において身体がないゆえに、シンボルとそれがさす事物とを接地できないことが原因だとも言われ、身体を重視する研究者もいるようです。それから本書には書かれていませんが、コミュニケーションのレベルも身体が加わることで飛躍すると思います。