中山茂『天の科学史』を読みました。

 

 天文学の通史を学びたくて、『天の科学史』を読んだ。著者の中山茂は、大学で天文学を、大学院でアメリカに留学して、トマス・クーンに会い、科学史を学んだ。中山茂氏のよく知られた仕事の一つはクーンの『科学革命の構造』の邦訳である。実際、本書ではパラダイム論を背景にした天文学史の叙述が何度も見られ、それは一つの特徴と言って良いかもしれない。しかし、この本の魅力は、古代から20世紀にかけての「天文学」の歴史を、一般向けに圧倒的な分かりやすさで語った点にある。天文学の理論をたどったものには、プトレマイオスの天動説の理論から始まることが多いが、『天の科学史』は古代ギリシアや中国の星座から占星術、暦といった、近代科学以前のトピックが充実している。

天文学の歴史的変遷は、
「(1)位置天文学:位置の動かない恒星と、それらを連ねて作った星座を考え、座標軸を設定し、天体を天球上に位置付ける作業を行う。

(2)天文誌・占星術:彗星や流星といった天球上を動いている天体を記録する。またそのような「天変」が、地上にどういう影響を及ぼすかを論じるのが占星術である。

(3)編暦・暦算天文学:太陽の位置や高さ、月の運行の規則性から暦を作り、人間生活を律しようとする。

(4)軌道論:惑星の運動の法則を数学的な形で見出し、その運行を予測する。

(5)太陽系宇宙論:太陽、月、惑星の運行の理論を組み合わせて、太陽系を中心とした宇宙論をつくる。ギリシャから始まるその伝統の中に、プトレマイオスの天動説もコペルニクスの地動説も含まれる。16,17世紀までの西洋天文学の中心的なテーマ。

(6)天体力学:17世紀後半に、ニュートンによって太陽系の運行の中に力学的法則を見出され、それにより天体の運行を研究する。

(7)恒星天文学:18世紀になると、天体望遠鏡が発達し、今まで肉眼で見えなかった恒星まで調べることができるようになると、それまでの太陽系宇宙論を超えた、はるか恒星の世界の宇宙論を広げることができるようになった。

(8)天体物理学:19世紀後半から天体に分光器を向け、天体そのものの中にどんな元素があるかといった天体の物理学的性質の究明が始まった。さらに20世紀に入ると、原子物理学や量子論の成果を背景として、天体物理学はどんどん推し進められた。

(9)宇宙論・宇宙進化論:銀河系やさらにその外に広がる宇宙全体の像や、宇宙の起源や進化を考える学問。」

の順に進んだとされ、本書ではほぼこの順番に話が進む。

 

 私が興味深いと感じた点は二つある。第一に、著者が、科学史哲学史など異なり、観測器具の発展によって、人間の考え方が転換するということがしばしば起こり、それと切り離して描くことはできないと述べている点である。顕微鏡や望遠鏡といった器具の発明と科学史と切り離すことはできない。天文学では、特に望遠鏡の歴史と軌を一にして進んだといえる面がある。それは第7章「望遠鏡の話」で詳しく述べられている。

 望遠鏡を初めて天体に向けたのはガリレオだとされている。彼は木星を観察することで、その周りに衛星が回っていることを発見し、太陽の周りも地球を始めとする衛星が回っていることと同じだと考え、地動説への確信を深めていった。ガリレオが用いていた望遠鏡は凹レンズのもとで、正立像が得られるタイプのものだった。一方、ケプラーが用いた顕微鏡は凸レンズの倒立像のタイプで、これは焦点が接眼レンズの前にできるため、天体の位置の正確な測定が可能になった。ガリレオケプラーが使っていた望遠鏡は、レンズの屈折を用いた屈折望遠鏡であるが、一方でニュートンが用いたのは、レンズを使わず放物鏡を使った反射望遠鏡だった。収差(色収差、球面収差、コマ収差)の問題から両者を比較すると、屈折望遠鏡ではこれら全てが問題となるが、反射望遠鏡では斜めからの光によるコマ収差だけが問題になる。しかし、反射望遠鏡では斜めか光に弱い分、視野は狭いというデメリットがある。また、分解能と明るさという観点から両者を比較すると、まず分解能は口径に反比例するので、口径を大きくできない屈折望遠鏡では分解能に優れる。分解能に優れるということは、シャープな像が結べるということで、これは位置天文学にとって都合が良い。一方、明るさは、口径の二乗に比例するが、口径を技術的に大きくしやすい反射望遠鏡では、明るさに優れ、はるか遠くの光を取り込むことができる。よって、スペクトル分析によって天体の物理学的性質を調べる天体物理学に適する。このことは、19世紀までは天体力学中心で、屈折望遠鏡が主流だったこと、また20世紀に入ると天体物理学がさかんになり反射望遠鏡が主流になったことを説明している。

 

 第二に、天文学が軍事と密接に関わってきたこと、特に戦後の甚だしい天文学研究は米ソの軍拡競争に便乗して行われたものだと断言している点である。例えば、ガリレオが用いた正立像ができる凹レンズの望遠鏡は、すぐに敵を捜索するための軍事に利用された。また、第二次世界大戦を通じて発達した電波技術が、終戦で解禁され、余ったレーダーを天体に向けたときに、電波天文学が出発した。惑星に電波を送り、それが跳ね返ってきたのを捉えるという技術は、戦争中に敵機を捉えるために用いた方法を応用したものだった。さらに、スペース・シャトルは宇宙ステーションの確立、スペース・テレスコープの達成に不可欠なものだが、レーガン大統領がはっきり宣言したように、それらは軍事優先で、人工衛星上の宇宙天文台は、地上に向ければ軍事用のものとして使える。つまり、スペース・アストロノミーの進行と軍との縁は切れないのである。

 最後に、筆者は広重の「体制化」論を背景に、専門家のためのアカデミズム科学に対して、巨大天文学は、国威発揚を目的とする政府のための科学=体制化科学となり、ますます一般人とは程遠いものになったと述べる。そして、現在は一般人のための天文学が主張されている。専門家や政府のために論文を書くのではなく、一般の人たちに参加を呼びかけるような天文学がない限り、将来にかけて天文学の健全な発展は保障されないと主張している。そう考えたとき、特定の専門家、アマチュアのためではなく、特に一般の人向けに天文学の話を語りかけた本書は、そうした一般人のための科学の活動をまさに体現しているといえる。

 

 中山茂『天の科学史』(講談社学術文庫、2011年)

 

天の科学史 (講談社学術文庫)

天の科学史 (講談社学術文庫)