Review:水沢光「第二次世界大戦期における文部省の科学論文題目速報事業および翻訳事業ー犬丸秀雄関係文書を基に」

 

 本論文では、第二次世界大戦期における文部省の科学論文題目速報事業と翻訳事業を分析することで、文部省の「科学研究の戦力化」とは異なった、科学動員の実相をより多面的に描くことを目的としている。青木、河村らの先行研究では、1943年の「科学研究の緊急整備方策要綱」を契機に、文部省の科学動員が一般的な科学振興から応用的な側面を重視した科学の戦力化へと変化したことを指摘している。しかし一方で、科学研究の戦力化という方針でまとめきれない施策が多く実行されてきたことも事実である。本稿ではそうした施策に注目し、日本の科学動員の特徴が探られる。第2節で科学論文題目速報事業が、第3節では翻訳事業について分析される。なお、一次史料は国立国会図書館憲政資料室所蔵の『犬丸秀雄関係文書』を用いている。

 

【要約】

 1941年後半以降、対日封鎖の拡大によって、日本国内では海外学術雑誌の入手がほぼ途絶することになった。そうした中、第二次世界対戦に勃発によって帰国できなくなった科学者や技術者から、国家のために何らかの貢献がしたいとの申し出が文部省と企画院にあり、論文の速報事業が実現することになった。1942年度第一四半期における速報事業の予算額は合計79,135円で、主な支出は、外国電信費37,500円、海外での雑誌購入のための図書費20,000円、論文題目及び抄録の印刷費14,520円などだった。当初の速報対象雑誌は、ドイツにおける理学、工学、医学、農学分野の約100冊で、各分野の推薦に基づいて選ばれた。4ヶ月ほどの準備期間を経て、1942年8月に研究機関への速報配布が始まった。配布物には『論文題目』、『論文抄録』、これらとは別に郵送を受けた資料をまとめた『論文別報』の三つがあった。当初の印刷部数は、1942年11月ごろの発行の理学関係の『論文別報』第1号、医学関係の『論文別報』第2号で、ともに1500部だった。配布先は、帝国大学が583、官立大学が175、公私立大学が136、官公私立高等学校65、官立実業専門学校247、高等師範学校が44、官公私立専門学校106、研究所そのた94、保存用が50だった。その後、大学等からの要望を受けて、当初よりも印刷部数は拡大していった。『論文題目』の配布を始めると、研究者から抄録を求める要請があり、文部省は予定どおり抄録作成を行った。1943年に入ると、日本で業務を管轄していた犬丸自身がドイツに赴任しすることで、速報事業はさらに拡大していった。犬丸就任後の1943年後半以降、主要な情報伝達手段が電信から雑誌郵送へと様変わりした。1944年1月の到着雑誌リストによると、理学関係が24、工学関係が32、医学関係が28、農学関係が5、その他2だった。郵送が一般的になったのにともない、研究者向けの情報提供のあり方も変わり、44年3月に科学局は速報資料を雑誌に掲載する際の手続き、速報資料の原本の閲覧、複写の際の手続きを定めた。また44年には人文科学系の文献も収集の対象となり、民俗学関係及び心理学関係の雑誌も購入が促された。分野別の発行実績と、到着雑誌のリストから、幅広い分野を対象にした速報が行われていたことがわかり、事業は、軍事上の目的から特定の分野の情報を速報するのではなく、幅広い分野の情報を速報することで、国内の科学研究全般を振興しようとするものであったと、著者は指摘する。

 一方の翻訳事業は、文部省の事業として、「海外学術文化の摂取を容易にし、日本学術文化の進展に資すること」を目的に、海外の自然科学分野の書籍を翻訳しようとするもので、1943年7月に着手された。背景には、高等学校と大学の修業年数の短縮によって、学生の学力が低下し、教育・研究面で困難が生じ、それに対処しようとしたという事情があった。翻訳に関する事項を決めたのは科学局長を委員長とする翻訳審議委員会の任務だった。1943年12月に選定された翻訳文献は、「科学一般」という分野があり、1/3を占めていた。それは、国内研究機関が所蔵していた当時の海外学術書籍と比較すると大きく異なっていた点である。また、工学関係の割合が少なく、理学関係の割合が多い。ここから、幅広い分野の基盤となる領域が重視されていたことがわかるという。第二回と第三回では、第一回に比べて「科学一般」は大きく減少したが、理学関係の割合はほとんど変化しなかった。翻訳事業が一般的な科学振興を目的にしていたことは、終戦を挟んで、事業が継続されたことからもわかるという。

 

文献:水沢光「第二次世界大戦期における文部省の科学論文題目速報事業および翻訳事業ー犬丸秀雄関係文書を基に」『科学史研究』第52巻(2013年) 、70-79頁。

 

科学史研究 2013年 06月号 [雑誌]

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