田中浩朗 科学技術動員体制史から見たデュアル・ユース研究の推奨-「デュアル・ユース化」の視点 (2018.6.5火ゼミ、於:東工大)

 火ゼミに参加させていただき、田中先生の発表を拝聴いたしました。私の理解できた範囲内で、内容を以下にまとめたいと思います。

 

 2015年より、防衛省の競争的資金制度である「安全保障技術推進制度」が創設された。将来的には防衛分野の研究開発に資することを期待し、先進的な民生技術についての基礎研究を公募・委託する本制度に対し、日本学術会議は2017年「軍事的安全保障研究に関する声明」の中で、1950年、67年と戦争のための科学研究は行わないという声明を継承するということを明らかにした。その理由は、(公開の制限、政府の介入等により)「軍事研究は学問の自由および学術の健全な発展を阻害する恐れがある」からというものだった。この声明に対し、本制度の問題点を指摘したことで、多くの大学で応募に慎重になったと評価する一方、軍事研究そのものの是非については踏み込まなかったため、内向きな声明となったとも述べる。2018年度の本制度の公募要項は、こうした学術会議の声明を受けてか、成果の公表を制限しない、POが研究内容に介入しないなどの項目を盛り込んだことで、学術会議の懸念はクリアされてしまうことになった。従って、やはり軍事研究そのものの是非について論じなければならないという。
 筆者の考えは、自衛隊の存在を認めるなら、軍事研究は否定できない(そして自衛隊の存在も否定しない)が、現在の日米同盟のもとでの科学技術動員は認められない、というものである。民生利用から軍事利用へと転用するには、軍に対する民の協力が必要なのであり、これまでの議論は、その「動員」の視点が欠いていると述べる。そして、安全技術研究推進制度はその動員の第一歩である。
  冷戦以降、膨大な資源を要する軍隊・軍需産業・軍事技術を常備するのは不可能となり、限られた資源の有効活用をするための準備が必要となり、それを筆者は「デュアル・ユース化」と呼ぶ。アメリカでは冷戦が終結以降、国防予算が縮減され、それまでの軍事技術の研究開発体制を維持することが困難になり、そうした中資源を有効活用する必要が出てきたのだった。そして、日本でもまさに今起きている「デュアル・ユース化」は、日本の戦時期を振り返ると、1927年資源局が動員準備を始めた段階で起こっていたことを指摘する。デュアル・ユース化の先駆けは、軍用自動車補助法におけるトラックのデュアルユース化で、その後に軍需工業動員法では、工場のデュアルユース化、すなわち、政府が補助金を出す代わりに、有事の際には軍需品の生産に使用し、事業を監督するということを命じた法だった。しかし、第一次大戦期にこの法律が発令されることはなかった。その後、国家総資源の「デュアル・ユース化」の典型例として1938年の国家総動員法であり、そこでは国家総動員上必要があるときには平時でも総動員物資の生産もしくは修理を業とするもの、または試験研究機関の管理者に、試験研究を命じることをできるようにしたものであった。
 防衛省が科学技術動員を想定していることを示唆する文書として、平成28年度の中長期技術見積もり(3)の中で、「我が国が保有する高い技術力は、防衛力を構築する上で重要であるとともに、一定の迅速力を持って構築できる能力(顕在化力)を持つことで、抑止力の向上にも潜在的に寄与する」と記されているものが挙げられる。

 

【議論】 
 
 「デュアル・ユース」という言葉をどのように定義するかに関して、議論があった。科学と技術でもまたそれぞれ「デュアル・ユース」の中身が異なるという指摘もあった。(詳しいことはよくわからなかった。)
軍事研究の問題を防衛省の安全保障技術推進制度を軸に議論する際、科研費による研究は「善」なるものとして、それとの対比で問題にならないことに違和感を感じること(科研費日中戦争を契機に生まれ、戦時中の科学研究を基礎研究から支援した)、池内了氏が科研費による基礎研究を「学術研究」として差別化する試みなどについてどのように考えているかと質問させて頂いた。先生からは、進行中の科学技術動員は防衛省の防衛装備庁、防衛省の研究所、防衛産業、大学企業の研究所、他省庁、官庁研究所などが一つの大きなネットワークを作り上げており、従来各官庁が縦割り行政で仕切ってきた壁を壊そうとしているのであり、文科省の動きも注視しなければならないとの解答を頂いた。

 

【感想】

 ・冷戦後の国防費の縮減を背景とした資源の有効活用の準備=「デュアルユース化」が、奇しくもその名の通り「資源局」による動員準備にすでに見られていたという指摘は大変興味深い。
・日米同盟のもとでの科学技術動員は認められないが、軍事研究は否定しないというスタンスは、なんとなく歯がゆい。それは民を動員しない、軍セクターのみで行う軍事研究は否定しないということを意味するが、それは軍事研究を正面から疑問視するスタンスとはずれているという気がした。

 

関連文献:田中浩朗「科学技術動員から見たデュアル・ユース研究の推奨」『科学史研究』(2017年)第56巻、129-138頁。

 

科学史研究2017年7月号 No.282

科学史研究2017年7月号 No.282

 

 

杉山滋郎『「軍事研究」の戦後史』(ミネルヴァ書房、2017年)

 

「軍事研究」の戦後史:科学者はどう向きあってきたか ( )
 

 

吉岡斉「国策は誰のためか-『国策共同体』による公共政策の私物化」『科学』87巻5号(2017年)、463-472頁。

吉岡斉「日本の包括的軍縮に向けて」『学術の動向』(2017年)22巻7号、25-31頁。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/22/7/22_7_25/_pdf

池内了『科学者と軍事研究』(岩波新書、2017年)

 

科学者と軍事研究 (岩波新書)

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