小林信一「科学技術・イノベーション政策のために第7回-デュアルユース・テクノロジーをめぐって」

 

 

【概要】 

 2015年に発足した防衛省の安全保障技術研究推進制度を契機に2017年日本学術会議で「軍事的安全保障研究に関する声明」を発表し、軍事目的のための科学研究を行わないといった過去の声明を継承するとともに、軍事的安全保障研究とみなされる可能性のある研究について、その適切性を目的、方法、応用の妥当性の観点から技術的、倫理的に審査する制度を設けることを各大学に要請した。

 また、2018年4月より、韓国科学技術院(KAIST)がAIを利用した自律型殺人ロボットを開発する可能性があるとして、世界の主要なAI研究者がKAIST宛に開発をしないと明言しない限り共同研究をボイコットすると宣言した。この出来事のきっかけは、2018年2月にKAISTが設立した国防人工知能融合研究センターが、韓国の有力な防衛企業、ハンファシステムの資金提供によって運営されていることから、あるメディアがAI兵器を開発するのではと疑義を呈したことにある。(KAISTは防衛産業から資金を得て、センターの名前にも国防を冠するという事実は、日本の大学が軍事研究に参画することへ躊躇することと対照的である。) これが大きなニュースになった要因は二つあると分析される。第一に、数年前から国連でホーキングらを中心に「自律型致死兵器システム」を禁止すべきだとの議論が進められていたことがある。AIを利用した兵器でも、殺傷などの判断は人間が下すべきだという考えである。第二に、有力な兵器メーカの資金を受け入れたことで、軍事研究のセクターであると誤認されたことである。さらに近年、オーストラリアや、欧州委員会でも大学研究者に対する防衛技術分野の研究資金助成が始まっており、大学と軍事研究の関係は世界的に議論の的になっている。

 

  基盤技術の中には軍事技術としても民生技術としても応用できる技術(=両用技術)がある。(また、軍事技術と関係のない基礎研究であっても、人類の幸福とは裏腹にテロや犯罪に悪用される危険性があり、こうした両義性をデュアルユース・ジレンマという。) 両用技術には、軍事技術と民生技術が、結果として一方から他方へ転用する「スピンオン/オフ」を含むこともあるが、今日的な狭義の両用技術は、冷戦終結後の特異な歴史的文脈の中で成立した概念である。

 冷戦の終結は国防予算を削減させ、装備品の取得、研究開発(RDT&E)や調達に大きな変化をもたらした。これらは国防分野の支出のあり方を変えた。第一に国防関連品の取得改革による経費削減、第二にスピンオンの推進、第三に両用技術の推進である。ここでいう両用技術とは、最初から軍民両用を目指して開発を進めるというもので、ここでは結果としてスピンオン/オフをする従来の現象とは異なる、新しい意味を帯びた。その背景には、国防予算の大幅な縮減のために、従来の研究開発基盤をそのまま維持することが困難になったという事情があった。

 

 さて、21世紀に入るころから、インターネットの普及に伴ってサイバーテロ/戦争が深刻になり、この攻撃から情報システムを防御し、情報の流出を防ぐサーバーセキュリティが安全保障の重要な課題になった。9.11同時多発テロが国防・諜報分野に衝撃を与えた。国内に潜むテロリストは戦闘的な軍事衝突とは性質がことなり、正面装備を中心とする軍事力は意味を持たず、大量の情報を収集し、ITを駆使して分析し、テロリストやテロ計画を割り出し、予防する諜報活動(Intelligence assessment)が重要になった。1999年米国中央情報局(CIA)はIT分野を対象にベンシャー企業を発掘・育成し、民生技術の開発を支援し、その中から軍事諜報部門にも有効な技術を調達することを狙ってベンチャーキャピタルであるIn-Q- Telを創設した。これはIT時代の典型的な両用技術開発である。出資した技術にはKeyhole社のEarth Systemや監視カメラから不審者をリアルタイムに特定するNORAなどがある。IT分野の技術発展のスピードは速く、ベンチャー企業が主要担い手であることから、従来の内部の研究開発活動、国防関連企業からの調達には限界があり、In-Q-TelのVC式の両用技術の振興策がIT時代の典型的な両用技術開発である所以である。また21世紀に入ると、DARPAは新たに懸賞金競争と呼ばれる政策モデルを開始した。これもIT関連分野のイノベーション政策の革新的なモデルであるといえる。これらの注目すべき点は、イノベーションの担い手がベンチャー企業などの非伝統的なアクターであるという点、第二に資金提供よりも、各種の情報の収集とイノベーションを促進するネットワークの形成に重点を置いて政策であるという点である。言い換えれば、既存のネットワークを活用し、それを刺激することでイノベーションを促進しようとする仕組みをもっている。これは資金規模も小さく、コスパも良い。

 

 今日ではこのようにIT技術を中心に、多くの技術が両用技術としての潜在的可能性を有することから、軍事技術、両用技術の線引きは困難になってきている。各大学が研究計画を審査するとしても、資金の出処が問題の本質なのか、研究成果の公開が許されているか否かで判断するのか、定義上も実態上も明確でない。

 

 

 

議論

 問題を整理しよう。まず、「デュアルユース」概念として、冷戦後の米国特有の歴史的文脈の中で生じてきた新しい意味を抑える必要があるということがある。素朴には、科学技術の両義性とは、軍事技術であったものが結果として民生利用されるようになるといった意味を含む。例えば原子爆弾は、それ自体が軍事のシングルユースであるが、基盤技術としての核分裂反応による大量のエネルギーの放出という原理は、アイゼンアワーの「原子力の平和利用」演説後、原発といった民生技術にスピンオフしたという意味で、原子力が両義性であるという言い方をすることができた。しかし、冷戦終了後の特有の歴史的文脈で生じた両義性とは、そもそも始めから軍民両用を目指して開発を進められた科学技術の性質を言い表す。その背景には、国防予算の縮減より、既存の研究開発体制を維持することが困難になったという事情があった。そして、近年特にIT関連の技術でその境界はなくなりつつあるという指摘がなされた。

 そこに、ポスト9.11の「安全保障」の内実の変化が大事な論点として加わる。従来の戦車、戦闘機といった正面装備を中心とする軍事力はそこでは無意味であり、IT技術を駆使して情報を収集する諜報活動の重要性が高まった。言い換えれば、21世紀的な意味での「軍事安全保障」に求められる科学技術とは何かを考えると、IT技術の重要性は看過できないということだ。

 そして、IT技術の進歩は速く、その担い手は主要にはベンチャー企業であることから、研究開発を資金的に支援する方法ではなく、ネットワークを刺激することでイノベーションを促進するという施策が求められるようになり、CIAのIn-Q-TelやDARPAのPrize Competitionsなどはその典型例であると述べられた。

 以上の議論より、いくつか論点を探ってみたいと思う。まず、現在の日本に起きているデュアルユース問題を捉えると、それは素朴な意味での軍民両用ではなく、アメリカで冷戦後に生じたデュアルユースとよく似ていると捉えられる。つまり、その背景に日本の軍事市場の脆弱さがあり、始めから軍民両用技術の開発を意図して、合理的に安全保障技術を生み出そうという狙いがある。次に、軍事的安全保障にはIT技術が主要に含まれるという点を意識する必要があり、それは兵器開発と質が異なるものであるという点である。IT技術それ自体は殺傷能力をもたず、暴力の主体とはならない。さらに、IT技術の研究開発の支援が、「ネットワークを刺激することでイノベーションを促進する」というものであれば、「資金の出処」で軍事/民生技術の研究を区別するという議論は考え直される必要があると思う。そして最後に、KAISTは防衛産業から資金を得て、センターの名前にも国防を冠するという事実は、日本と対照的だという点に関してである。日本の大学が軍事研究をタブー視するという「ユニーク」な精神は、どのように形成されていったのか、科学者は憲法9条をどう捉えてきたのかといった問題は興味深いテーマである。

 

文献:小林信一「科学技術・イノベーション政策のために第7回-デュアルユース・テクノロジーをめぐって」『科学』第88号(2018年6月)、645-652頁。

 

科学(岩波) 2018年 06 月号 [雑誌]

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