2016年「生態心理学」期末レポート

「生態心理学」の期末レポートもアップします。

 レポートの課題は、「人間の「感覚」と「知覚」の働きについて、それぞれの違いに注意しつつ解説しなさい。複数の理論的立場からの主張を踏まえ、両者の関係についても述べなさい。」でした。字数は1200字以上で、「図表を用いろ」との指示もあったと記憶しています。また、この講義では事前にレポートの評価規準が公表されたので、ありがたかったです。基本は授業で話されたことをまとめただけです。図はうまく添付できなかったので、以下本文だけ掲載させていただきました。ギブソンアフォーダンス理論は、ユニークでとても面白かったです。

 

人間の「感覚」と「知覚」の働きについて

        —複数の理論的立場の比較を通じてー

 

 人間科学の中の諸学問で心理学は自然科学を志向してその科学的方法を模索し続け、ここ百数十年間で大きく発展してきた背景がある。その過程で様々な立場が生まれてきたが、殊に生態心理学(ecological phycology)は自然科学のみならず、思想、哲学等他の領域にも影響を与えたユニークなアイデアで満ち満ちている。本レポートでは人間の「感覚」と「知覚」の働きについて、従来の感覚理論や心理学の他の理論的立場と比較しながら、生態心理学の「知覚」理論を明らかにし、かつそれが他の立場との関係性からどのような特徴や有効性、可能性を持つのかを考察することを目的とする。

 まず人間の「感覚」の働きについて、伝統的にはどのように考えられてきたのかその理論についてまとめる。私たち人間は身体に多くの感覚受容器を備えている。その感覚受容器は物理的エネルギーによって刺激され、その反応出力が電気信号として中枢へ伝達される。伝達されたいくつもの信号を材料に計算統合されることで低次元の「感覚」が生じる。このとき私たちは感覚受容器への意識としてある「感覚」を持つ。例えば「(単に)冷たい」といった感覚である。しかしこの段階ではまだ対象の事物への「知覚」は生じていない。低次の感覚がさらに処理され統合されることで高次の「知覚」が生じる。このとき私たちは初めて、例えば「氷が冷たい」というように対象への意識を持つことができる。したがってここで知覚は感覚より高次の概念である。こうした感覚が統合され計算される過程は私的で内的な活動であり、実際どのようにしてそれがなされるのかをこうした働きを情報処理のプロセスとして捉えて分析する立場が1960年以来発展を遂げてきた認知心理学である。つまり意識は人間の内部にあるとし、あるモデルや模型をつくることでその内的過程を明らかにするという立場だ。

 一方で生態心理学では知覚を全く異なった捉え方をする。生態心理学はJ.J.Gibsonらによって発展された領域で、彼の知覚の定義は「アフォーダンス(affordance)が『直接知覚』されること」である。ここで重要なのはアフォーダンスという用語の意味するところと、「直接知覚」のもつ性質をはっきりさせることだ。

 第一にアフォーダンス(affordance)とはGibsonの造語であり、afford(~を与える、提供する)という動詞から派生した用語だ。これは動物行動を支える環境の意味や価値といった心的資源を指している。例えばコップの取っ手はそのコップを持つという行為を可能にし、コップの縁はそこに唇を当てて飲むという行為を可能にしている。したがってアフォーダンスは私たちがある環境の中で行為を行うとき、その行為を可能にする、「将来そうなる独立した可能性」つまり傾向性を持つということもできる。こうした考えの基礎に動物と環境は互いに補い合う関係すなわち相補性(reciprocal)であるとする思想がある。さらにこのアフォーダンスは安定した「情報」である不変項(invariants)によって特定される。

 第二にこうしたアフォーダンスが「直接知覚」されることの意味を、視覚を例にとることで明らかにする。従来の感覚理論では、ある光点から放射状に伸びる放射光の刺激エネルギーを人間の網膜で受け取られることでその光を感覚すると考える(図1)。一方でGibsonの知覚理論では人間の目は光そのものを見ているとは考えない。彼は逆に静止した観察点を中心としてそこに集められる包囲光を受け取ると考える(図2)。包囲光の中には刺激としてはどこかに反射したものも含まれている。その乱反射した光の差異は肌理を備えている。こうした光刺激そのものではなく、そこから独立した刺激同士の差異の構造やパターンを情報として知覚しているというのがGibsonの考える知覚理論である。ここで注意すべきことは光の構造やパターンは安定した情報、つまり不変項であるという事実である。Gibson(1966)はこの情報について「情報は、包囲光の《構造》の中に、つまり包囲光が《布置》をもち、《配列》であることの中に存在する」と述べている。以上をまとめると「感覚」とは感覚器の状態に対する印象で刺激エネルギーに相関し、対して「知覚」とは外界の事物に関する印象で刺激とはごく率した刺激のパターンに相関するということになる。

 

   図1 放射光             図2 包囲光

     (刺激エネルギー)             (情報)

 

 次に今まで明らかにした従来の感覚理論及び認知心理学の感覚や知覚の理論と、生態心理学における直接知覚の理論を相互に比較することを通じて、各々の利点と欠点を考察する。まず従来の感覚理論及びそれを発展させた認知心理学の利点として、曖昧な人間の認知過程を厳密に定義することが可能になり、より科学的な記述が可能になったことが挙げられる。また内部の認知プロセスがモデル化されれば、様々な法則を直感的に把握することもできる。しかし認知心理学等の理論の欠点として、低次・高次の対象への知覚は全てあくまで細かな刺激に基づいており、言い換えれば、刺激がなければあらゆる感覚や知覚は生じないことになる。したがって人間はどうして「見えないもの」を知覚できるのかという問いに対しては記憶によって補われるといった説明に終止する。あるいは直接触れられないのにもかかわらず感じる対象の形状(ダイナミックタッチ)をどう知覚するかといった問いには答えることができない。

 一方で生態心理学における知覚理論では、環境内に等しく存在するアフォーダンスが誰にでも直接知覚されるとする。不変項を知覚するということは視点を変えても変わらないものを知覚するということである。視点を変えるということは言い換えれば、①一人が複数の視点から見て回る、②多人数の人々が見ることであり、知覚が「公共性」を持つとも言え、内部モデルに依存することのない開かれた理論であると言える。また刺激そのものでなく刺激のパターン(情報)を知覚するとすることで、実際に刺激が存在しない、見えていない或いは触れていない事物の知覚も説明することが可能になる。

 Gibsonは実際に見えていない事物の知覚は「肌理の削り取られ方(イベント)」によって知覚されると考えた。事物が見えなくなるとき、環境内の何かの物質が背後の光学的構造を遮蔽し始める。この遮蔽のパターン(変形の仕方)こそが見えないことへの意識を支えると考えるのだ。パターンとは安定した不変項である。

 さらに生態心理学の知覚理論は実際に触れられない事物の形状(ダイナミックタッチ)の知覚も説明することができる。例えば私たちはラケットを振ったとき実際に触れていないヘッドのしなりを感じることができる。こうしたダイナミックタッチは回転運動に対する抵抗の大きさである「慣性モーメント」の違いによって知覚される。これは具体的にどの受容器で知覚されているのは特定できないが、慣性モーメントという安定した不変項によって特定される。以上まとめると生態心理学の知覚理論は内部のモデルに依存しない開かれた公共的な知覚まで考慮に入れ、かつ刺激が存在しない見えないものの知覚やダイナミックタッチに関しても不変更による情報知覚という説明ができるという利点がある。

 

文献:J.J ギブソン, 佐々木正人・古山宣洋・三嶋博之監訳『ギブソン 生態学的知覚システム–感性をとらえなおす』(東京大学出版会、2011年)

 

生態学的知覚システム―感性をとらえなおす

生態学的知覚システム―感性をとらえなおす