放射性廃棄物の軍事利用:『劣化ウラン弾―軍事利用される放射性廃棄物』

 

 「劣化ウラン弾」という言葉を聞いたことがあるだろうか。劣化ウラン(Depleted Uranium =DU)は、原子力発電や核兵器の製造に必要な濃縮ウランを作り出す過程から大量に生み出される放射性廃棄物であり、それを兵器として利用したものが劣化ウラン弾である。「はじめに」でも示されているように、劣化ウラン兵器の問題は、あまりにも圧倒的な核兵器問題の大きな影によって覆われてしまい、その深刻さと緊急性が見えにくくなっているところにある。そうした中、岩波ブックレットの一冊として刊行された『劣化ウラン弾―軍事利用される放射性廃棄物』は、二重、三重の影に隠された問題に私たちの注意を向けようとしている。

 

 本書はイラク戦争から10年、東日本大震災による福島第一原発事故から2年が経過したタイミングで出版された。はじめの15ページは白血病に見舞われたイラクの子どもたちや、帰還兵らの写真が収められており、各章はそれぞれの専門的な立場から、5人の筆者が文筆するという構成になっている。第1、5章では、ICBUWヒロシマ・オフィス代表をつとめ、哲学者でもある嘉指信雄氏が劣化ウラン弾の問題の全体像、及び、その現状と課題をコンパクトにまとめており、第2章では、振津かつみ氏が内科医の立場から、ウラン兵器の人体への影響を詳しく説明している。続く第3章では、京都大学原子炉実験所助教の小出祐章氏が原子力の専門家の立場でありながら、ウランを採掘する段階から問題があることを、「常識」で考えようとしている。そして、第4章では、NGO団体に所属する佐藤真紀氏がイラクの現場の生々しい実態を比較的長いエッセイを通じて伝えている。わずか63ページのブックレットだが、充実した内容になっている。ここでは、嘉指信雄氏の論考を中心に紹介することを通じて、劣化ウラン弾に潜む様々な問題を考えてみたいと思う。(尚、嘉指信雄氏は、 研究課題「放射性廃棄物の軍事利用である劣化ウラン弾をめぐる科学的・政治的・法的問題の再検討」に対する研究助成で、2012年、「財団法人倶進会 科学技術社会論・柿内賢信記念賞・実践賞」を受賞している。)

 

 天然ウランには、ウラン234、235、238の同位体原子核中性子の数が異なるもの)が含まれるが、原発に使える核分裂性のウラン235は0.7%ほどしか含まれず、99%以上は非核分裂性のウラン238が占めるため、ウラン235の比率を3-5%まで高める濃縮プロセスが必要になる。10万KWの発電能力を持つ上旬的な軽水炉型の原発では、毎年の30tの濃縮ウランが燃料として用いられるが、そのためには天然ウランが190t必要であり、それは劣化ウランが160t生じることを意味する。したがって、毎年全世界で数万tの劣化ウランが生じていることになり、総貯蔵量は150万t以上にものぼると言う。

 こうした途方もない廃棄物をどう処理したら良いか、アメリカでは1950年代から研究が行われ、考え出された一つの用途が兵器への応用だった。劣化ウランを軍事利用する上では様々な「メリット」がある。まず、劣化ウランは鉄の約2.5倍、鉛の約1.7倍の比重があるため、砲弾としての貫通力が高く、射程も長く、命中精度も高い。また劣化ウランは、衝突すると「自己先鋭化現象」を起こし内部で高熱で燃焼し貫通力が一層高まるため、対戦車砲弾に用いる貫通体として「理想的」とみなされた。(劣化ウラン弾の貫通力は鉄鋼の砲弾の2.4倍である。また劣化ウランは、防御用として装甲に用いられることもある。)それだけではない。劣化ウランは処理に困っている廃棄物であるから、アメリカの軍事産業は事実上ただで入手出来る。このように、劣化ウランは軍事的威力に優れているだけでなく、きわめて「経済的な」兵器として注目されたのだった。

 

 では、こうした劣化ウラン兵器は具体的にどのような危険があるのか。劣化ウランは衝突して燃焼する際、ウランの沸点(3818度)を超える高熱を生じるため、発火すると酸化ウランの金属蒸気になる。それは空気中で冷やされ、直径10ミクロンからナノメートルのエアゾル状の微粒子になるという。この微粒子は風に乗って広範囲に拡散する。また微粒子にはウランだけではなく、アルミニウム、ニッケルなど、高温で溶けた標的物の素材も混入しており、ウランの放射能毒性はもちろん、重金属としての化学毒性ももつ有害物質である。それは主に呼吸や飲食によって人体に取り込まれ、ウランから放出されるアルファ線により臓器や組織を局所的に被ばくし、強いダメージを与える危険性があるという。また、攻撃対象を外れた劣化ウラン弾は地中深くに入り込み、腐食して大地を汚染することになる。

 劣化ウラン弾は、湾岸戦争で初めて大規模に投入され、そこでは100万発以上が発射され、米軍の公式発表でも、320トンの劣化ウランが使用された。その後1999年のコソヴォ紛争やアフガニスタンでも使用され、イラク戦争では湾岸戦争を上回る量が使用されたとされ、特にここでは都市部でも使用された。

 劣化ウラン弾の最大の製造国はアメリカで、それ以外にも少なくともフランス、ロシア、インド、パキスタンセルビアに大口型の対戦車砲弾の製造工場があるという。そして保有国は約20カ国にのぼるといわれており、世界各地の基地周辺や射撃場においても使われ続けているという。

 

 このように劣化ウランは重金属毒性も有する放射性物質であるにも関わらず、米・英両政府はその危険性を否定し、繰り返し使用している。またWHOやIAEAなどの国連機関も、ウラン兵器による被ばくと健康被害との因果関係を、科学的に十分検討した健康調査や疫学研究はまだないことから、それらを容認している状況にある。しかしそうした「科学的実証」を待っている間に、なんら対策を講じることなく放置しておけば、被害が拡大し深刻化するおそれがある。こうした中、UNEP(国連環境計画)は「予防的アプローチ」、すなわち、「重大あるいは取り返しのつかない損害のおそれがあるところでは、十分な科学的確実性がない」場合でも対策を遅らせてはならない原則を勧告した。またガーディアン紙やAFPからも先天性障害の増加などが報道され、WHOはついに「イラクにおける先天性障害の規模、分布、傾向」を明らかにする「パイロット・アセスメント」を開始し、本書が書かれた時点で、「間もなく結果が公表される予定だ」とされている。

              

 本書からは、科学に関して少なくとも、デュアル・ユース問題と、疫学等の科学的実証が十分になされない群にどう対処するかという二つの問題を抽出することができると思う。

(デュアル・ユースという概念はかなり曖昧なもので、正確に整理してから用いる必要があるが、ここでは単純に、科学技術が民生利用も軍事利用もされる、つまり諸刃の剣であるという意味で用いている。)

 このブログでも以前取り上げたが、山本義隆は『福島原発事故をめぐって−いくつか学び考えたこと』の中で、原発は1953年アイゼンアワー大統領の国連演説「原子力の平和利用」にまで遡ることができ、そこで、マンハッタン計画で得た核技術を秘匿するのではなく、発電として民生用に解放する方が、技術の維持、技術者の養成等でソ連との核開発競争を有利に進められることを意図していたことを指摘していた(※1)。そうした民生用に解放された原発が、再び軍事利用されたのが、劣化ウラン弾ということになる。科学技術は民生利用と軍事利用の間を行ったり来たりするが、それは劣化ウランの場合、経済性が重視されたという点は、こうしたデュアル・ユース問題を考えるときのポイントになるかもしれない。

 

 また、5章に掲載されているWHOのイラク・セクションのホームページhttp://www.emro.who.int/irq/iraq-infocus/faq-congenitial-birth-defect-study.htmlにアクセスすると、どうやら該当のページは現在なくなっているようで、代わりに、2013年9 月11日からWHOのホームページ上に掲載されているSummary report on the congenital birth defects study in Iraqで、調査結果が公表されていると思われる(※2)。そのレポートの結論には、“The  study  provides  no  clear  evidence  to suggest an unusually high rate of congenital birth defects in Iraq.”と明記されている。つまり「イラクにおいて先天性障害の異常に高い発生率を示す明確な証拠は示していない」というのが調査の結論だった。

 劣化ウランの被曝と健康状態との因果関係を科学的に実証できなければ使用を禁じないという態度は、別の言い方をすれば、国連機関がいかに「科学」を絶対的な判断基準として、あるいはユニーク・ソリューションとして重視しているということを示していると思う。そしてそれは驚くべきことだ。なぜなら、もし将来研究が進んで、劣化ウランと先天性障害との因果関係が有意に特定できたとしたら、それまでに死なずに済んだかもしれない多くの人々の命を、事実上見殺しにしていたことになるからである。そうなると、「科学」はまず直接には劣化ウランとして、そして次には国連機関の基準として、二重の意味で人の健康や生命を奪っていることになるのではないだろうか。

 

(※1) 

原発に潜む本質的な問題を考えさせられる本:山本義隆『福島原発事故をめぐって−いくつか学び考えたこと』 - yokoken001’s diary

 

(※2)

http://www.emro.who.int/images/stories/iraq/documents/Congenital_birth_defects_report.pdf?ua=1

 

文献: 嘉指 信雄、振津 かつみ、佐藤 真紀、小出 裕章、豊田 直巳 『劣化ウラン弾―軍事利用される放射性廃棄物』(岩波ブックレット、2013年)

 

劣化ウラン弾――軍事利用される放射性廃棄物 (岩波ブックレット)

劣化ウラン弾――軍事利用される放射性廃棄物 (岩波ブックレット)

 

 

参考になりそうなNPO法人安全安心科学アカデミーのホームページ:

劣化ウランの放射線及び重金属毒性による影響について

おすすめの本:近藤宗平 舘野之男 滝澤行雄