中島秀人『社会の中の科学』

 『社会の中の科学』は放送大学教材のシリーズとして書かれた教科書である。社会の中の科学という題名から、科学社会学のテキストを想起する方もいるかもしれないが、本書は科学史と技術史が中心に扱われており、隣接分野である科学哲学や科学社会学には軽く触れている程度だ。
 

 現在では「科学技術」という言葉によく表れているように、科学と技術が劃然とした境目なく融合している姿が見受けられるが、元来、科学と技術は全く別のものであり、歴史的には別のルーツを持つ。前者は自由人の哲学的探索として古代ギリシャに始まり、後者は人類の登場に匹敵するほどの歴史を持つが、古代ギリシャでは下層の人々の仕事として捉えられていた。(科学の起源は第2章で、技術の始めについては第3章で説明される。)科学は17世紀に「科学革命」が起こり、近代科学の基礎を作ることになるが(第4章、第6章)、それは「12世紀ルネサンス」という、アラビアに移植された古代ギリシャの科学をラテン語に翻訳する大運動があってこそ成し遂げられた(第5章)。中世はまた重量犁や三圃制の発明といった技術の方でも進歩が起こり、それが人口増大や都市の成長を促し、学術の成長を支えていた(第3章)。科学はその後、制度化と職業専門家という段階を経て、学会誌をもつ学会や、科学者という職業的な階層が生じる(第7章)。一方の技術は18世紀後半の産業革命(第8章)、部品の互換性によるアメリカ型の大量生産システムを経て(第9章)、大きく革新した。しかしながら、こうした展開の間に科学と技術が融合することはなかった。産業革命ですら、それはほとんど科学が介入することなく成し遂げられた。両者が融合し始めるのは、19世紀の後半に科学を基礎に置く技術が発展したことにより、科学の素養も身につけたエンジニアという新しい社会集団を形成していく(第10章)。そして次第にドイツの国立研究機関のように、国家が主導するようになる。その一方で、アメリカではこうした学問研究は民間主導で進められた(第11章)。イギリスでも「制度化」が進み、科学が専門職業として一定の地位を占めてきたが、そのことがかえって他国と比較したときの科学の衰退による悲観論を生み、科学振興運動のテコになった。そうした状況のなかで、ウィリアム・ヒューエルにより"scentist"という語が作られた。また彼は『機能的科学の歴史』という、事実上最初の科学史書も出しており、科学の制度的整備は、その歴史や哲学の歴史の確立も要請したのだった。当時の科学哲学は、科学が他の学問と比べてなぜ「優れて」いるのかが、主にその方法に着目する形で議論された。しかし、20世紀初頭に起きた、相対性理論量子力学の成立による物理学における大変革(科学の危機)により、全世紀以来の科学哲学を見直す機運が高まり、1920年ー30年代にウィーン学団により、「統一科学」が構想される。そして皮肉なことに「統一科学」のシリーズの一冊として出されたトマス・クーンの『科学革命の構造』で示されたパラダイム論は、論理実証主義への真っ向からの批判となり、大きな議論を巻き起こした。ウィーン学団の科学観は科学は直線的に、累積的に進歩し続けるというものだった。一方、クーンはパラダイム(一定の機関、研究者の共同体にモデルとなる問題や解法を提供する一般に認められた科学的業績)が存在する通常科学のもとでは、理論に反する現象が生じても新たに問題を提示する限り古い理論は継続し、それが提示できなくなると科学革命が引き起こされ、その前後の異なるパラダイム間では、共通の理論ができず、どちらか一方からしか理論を見ることはできないと主張した(共役不可能性)。言い換えれば、科学理論は進歩するのではなく、入れ替わるだけだと考えた。また、クーンは科学者共同体という社会集団に注目していたことから、社会学との親和性が良く、その後マートンらによって、科学社会学という領域が整備されていく(第12章)。第13章では国家の特定の目的のために科学者を組織化して研究開発を行う「科学動員」の典型例として、マンハッタン計画を概観する。また1945年7月のヴァネヴァー・ブッシュによるレポート『科学ー果てしなきフロンティア』では、国家が基礎研究を支援すれば製品の開発に直線的につながるという「リニアモデル」が示され、そうした冷戦型科学技術研究システムは、80年代に産業競争力の低下によって綻びはじめるとも述べられる。そしてもう一つの綻びは公害問題であり、特に地球温暖化酸性雨といった環境問題は加害者と被害者の特定が困難になるという新しい問題を生んだ(第14章)。そうした科学・技術・社会が複雑に相互作用するようななる中、それらの関係をどう調整すれば科学技術が真に社会の役に立つのかを検討する科学技術社会論(STS)が必要になっている(第15章)として、締めくくられる。

 

 章ごとに、キーワードや、参考文献が示されており、学習が進みやすいように工夫がされている。技術史の内容も盛り込まれているのも特徴だ。知識ゼロからでも科学技術史のおおまかな流れはつかめる。一方で、本書だけでは不十分だと思う箇所もある。例えば科学哲学に関しては別のテキストは必要だし、制度化についてもまだ整理ができていない。ざっと眺めた感触では、古川安『科学の社会史』は、もう少し専門的な記述があると思うので、そちらにも当たりたい。

 

文献:中島秀人『社会の中の科学』(放送大学教育振興会 、2008年)

 

 

社会の中の科学 (放送大学教材)

社会の中の科学 (放送大学教材)