最も多くを愛する者は敗者である:トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』(高橋義孝訳)

 本書に収録された『トニオ・クレーゲル』は、トーマス・マン27歳の頃に刊行された彼の初期の代表作である。ようやく本物の恋愛小説に出会えた、これが読後最初の感想だ。堀辰雄の『菜穂子』、ツルゲーネフの『初恋』、エリアーデの『マイトレイ』など、ため息が出るほど美しい恋愛小説であれば他にもたくさんあるだろう。ただ、僕はそこに描かれている愛について、あまり腑に落ちなかった。現実生活へのフィードバックとしては、きっとそんな恋愛もあるだろう、そんな恋愛ができれば幸せだ、その程度のものしかなかったかもしれない。しかし本書は違う。

 本物の恋愛小説だと冒頭に書いたが、そもそも恋愛小説というカテゴリーにそぐわない作品かもしれない。これはノーベル賞受賞作家自身の若き日の自伝的小説でもある。けれど、僕はトニオの愛の作用に着目したい。
 主人公のトニオ・クレーゲルは、繊細で優しい心の持ち主の詩人である。彼は「最も多くを愛する者は敗者である、そして、苦しまねばならぬ」という教訓を14歳にして既に受け取っていた。彼の友人であるハンス・ハンゼンはトニオと真逆の人間である。そして瞳が青く、誰とでも睦まじくやっていき、休日には精を出してボートを漕いだり泳いだりする彼の生き方に、トニオは憧れ、胸が熱くうずく。トニオの意中の女性であるインゲも、いつも陽気だ。詩や芸術の話なら、リザヴェーダといくらでも話すことができる。しかし、インゲとはそれができない。トニオは詩人であるにも関わらず、自分の愛するハンスやインゲには詩を読ませたくないと願うのである。彼女や彼には明朗で、生きいきとして、幸福であってほしい、詩なんか読んで、その瞳を曇らせてはならないと願うのである。この微妙な心理を素直に告白した小説は今まで読んだことがない。

トニオは詩人だから特殊な人物であると考えるのは違うと思う。美しいを愛するのであれば、その意味では誰しもが詩人であり、トニオの心境は普遍的だと思う。


「いねましものを、躍らむとや。 」

 やはり、インゲと踊るトニオの頭にふと浮かんだこの文句に、愛の苦悩が要約されている。この言葉は、

「行為したり踊ったりするという義務を負うことなく、心地よく気だるくそれ自身のうちに休らっている感情、そういう感情に従って素朴に完全に生きて行きたいと願う心が一方にありながら ー しかも他方では手抜かりなく気を張りつめて芸術というじつに困難な危険このうえもない白刃の舞をおおせねばならぬ」

という、恋をしながら躍らねばならないことに含まれる屈辱的な矛盾を表している。 

 

文献:トーマス・マン『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』高橋義孝訳 (新潮文庫、1967年)

 

 

トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す (新潮文庫)

トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す (新潮文庫)