今週読んだ雑誌論文や論考へのコメントなど

(1)藤垣裕子「科学者の社会的責任 第1回」『科学』1月号 88(1)(2018年)、17-22頁 及び
(2)藤垣裕子「科学者の社会的責任 第2回」『科学』2月号 88(2)(2018年)、175-182頁

 

 岩波書店の『科学』に連載中の論考。
第1回では主に科学者の社会的責任の時代区分が論じられている。科学・技術・倫理百科事典(2005,2011)によると戦後アメリカでは以下の3つのフェーズに分けられると指摘されている。フェーズ1では、第二次世界大戦後に核開発の可能性のある原子核研究を民主的な管理にもとにおくことに焦点が当てられていた。このフェーズは1955年のラッセル・アインシュタイン宣言や、1957年の第一回パグウォッシュ会議と同期している。フェーズ2は1960年代半ばから1970年代初頭にかけて、「科学の研究開発そのものは善で、悪用だけをコントロールすればよいというような素朴な二元論では解決できない問題が科学内部に潜んでいること、そして研究開発そのもののなかに地球環境の人為的変遷を招いてしまう性質が埋め込まれていること」を明らかにした時代である。フェーズ3は、1980年代半ばから始まる、科学者共同体の外部からの批判が中心で、研究方法自体が注目され、かつ税金の投資対象としての科学の説明責任が問われた段階であった。こうしたフェーズは日本に移して考えることもできる。フェーズ1は1958年に湯川秀樹ラッセルにあてた声明に対応している。ここでは「核兵器の非人道性を訴え、それらをコントロールするというのが科学者の社会的責任」だと主張された。この段階を現代の文脈において省察すると、フェーズ1では「核の平和利用なら良い」という立論になってしまうこと、非人道性という言葉を強調することによって、その引き換えに、「科学技術立国」を謳っていた日本がなぜ福島原発事故を引き起こししたのかといった問いに答えられないことが問題であると指摘する。フェーズ2では1970年代の公害問題と対応している。またそれ以外にも、この時期起こった反科学技術などの市民運動も挙げられている。(反科学を掲げた学生運動については触れられていないが、たぶんここに含んで問題ないと思われる。)フェーズ3に相当するのは2000年代の各種研究不正の発覚、2011年の東日本大震災後の科学技術への信頼の低下、そしてそれに続く2013-2014年の研究不正騒動である。大きな問題はフェーズ3では科学的産物(知識)に対する批判ではなく、科学的プロセス(方法)に対する批判が含まれていることである。
 第2回では科学者の社会的責任を3つの相に分類する。第1相はResponsible-conduct(責任ある研究の実施)である。これは科学者共同体内部を律する責任であり、研究の自主管理と研究の自由に関連する責任論のことである。科学的知識の品質管理にかかわる問題は、ここに分類される。第2相はResponsible-products(責任ある生産物)である。これは「科学技術が作ってしまったもの/作ろうとしているものの社会に対する影響についての責任論」である。言い換えれば、知識生産物の共同体外部に対する製造物責任である。ここでは研究者コミュニティに閉じた議論ではなく、社会に広く議論を広げる必要が出てくるという。3つ目はResponsible-ability(応答責任)である、これは公共からの問いに応答する責任である。ここでは科学者社会的リテラシー、説明責任、わかりやすく説明する責任、報道に用いられる科学の責任が含まれる。例えば論文の捏造問題は、単純に考えると、第1相に分類されそうである。しかし、専門誌共同体の編集委員会の対応などをみると、共同体外部が考えている査読システムとの間にギャップがあることが示唆されるという。査読システムは、「虚偽を含んでいるようなごく一部の論文を検出するためにデザインされているわけではない。」という編集委員会のコメントと、「査読システムは真偽のふるいわけをしている」という共同体外部からの視点とのズレである。そしてこれは共同体外部からの市民からの問いかけの応答可能性にも関係している。3つの相はせめぎあうことがある。


 

(3)水沢光「展望−日本の戦時科学技術体制」『科学史研究』第52巻通号266(2013年)、65-69頁
 
 日本の戦時科学技術体制に関心のある人、あるいはこれから関連領域の研究を始めようとしている人に向けて、近年の先行研究を整理して、研究動向を紹介し、重要な一次資料やそれへのアクセス方法、さらには今後期待される研究の方向性までが述べられている。非常に便利な論文である。(たぶん「レビュー論文」だと思います。)
 1980年以降一次資料の公開は進み、実証研究が進展したという。2003年以前の研究テーマの例としては、原子爆弾生物兵器、毒ガス等の大量破壊兵器に関する研究、海軍による電波兵器開発、科学技術動員をめぐる企画院および技術院の革新官僚と文部省の対立、戦前からの技術者運動と技術院創設との関わり、技術院の科学技術動員などだった。2003年以降は、陸海軍の科学技術動員に関しては、大量破壊兵器に関する研究開発の実態解明が進んでいるという。また、文科省の動員については技術院、陸海軍の動員に比べてまとまった一次資料が見つかっていないこともあり実態解明が遅れていたが、少しずつ利用できる資料も増え、研究が進展しているらしい。(公開された一次資料は、国立教育政策研究所教育研究センター教育図書館蔵の本田弘人蔵資料、国立国会図書館憲政資料室所蔵の有光次郎関係文書、国立国会図書館憲政資料室所蔵の犬丸関係文書など。本田、有光、犬丸は戦時期の文科省の官僚である。)また、近年大学史関係の資料室が整備されたことで、戦時下の大学の状況についても研究が進展しているとのこと。また国際的な比較研究を通じて日本の科学技術動員の特徴を探ろうとする研究も進んでいるという。
 近年一次資料のデジタル化が進んでいるが、2001年11月に解説した国立公文書館アジア研究センターが特筆されるという。ここでは国立公文書、防衛省防衛研究所、外務省外交史料館の所蔵する明治初期から太平洋戦争終結までの公文書をインターネットで公開するデジタルアーカイブである。2013年現在、約180万件の公文書をインターネットで提供している。
 こうした動きから、近年では多様な一次資料を相互に参照しながら研究することが容易になっているといい、これまで独立に行われてきた実証研究の相互の関連づけや、全体としての体系化、関連分野との連携が進展されることを期待したい、と述べられる。

 

(4)林真理「研究費の誘惑と研究者の憂鬱−デュアルユース時代の科学者・技術者の倫理」『現代思想』第44巻21号(2016年)、110-123頁

 まず冒頭で「安全保障技術研究推進制度」が始まった2015年を、新しい科学技術政策上の制度が始まった年として歴史に刻まれるかもしれないと指摘する。
 また3節でデュアルユースを「諸刃の剣(科学技術は善にも悪にもなるもの)」ではなく、「可能的知識」と捉える必要性を提示している点は重要だ。その理由はデュアルユースを「諸刃の剣」と捉えることは、(1)知識生産を社会環境から切り離せるとすることで知識中立説に立つことになり、知識そのもの、あるいは知識生産行為の政治性を隠蔽してしまうこと、(2)デュアルユース性を問題とされるものが知識であるとは限らず、スキル、ツール、装置である場合もあること、(3)知識は少しづつ獲得され確実さを増していくのであり、完成形として一度に現れてくるものではないこと、(4)悪意に基づくということと悪であることは必ずしも同じではない(意図しない悪も重大な問題を構成する)こと、などを挙げている。

 そこで筆者はデュアルユースを「可能的知識」と見る見方を提示する。可能的知識とは「もともと民生用に用いられようとしているか、あるいは用いられることを念頭にい開発されている基盤技術であって、それをうまく適用すれば重要な軍事技術になりうるというようなものがデュアルユース性をもつ」のだとする見方である。
 「可能的知識」としてデュアルユース性を捉えたときこれからはスピンオンが重要な役割を果たすようになる。このデュアルユース時代の元では新しい科学者倫理が問われることになる。それは自らの研究の様々な応用可能性に気を配るという広範囲の注意を払うということである。現実的に基盤技術の応用がどの方向に進むのかについていささかでも関与できる立場にいるとしたら、研究が正しい方向へ進むべく関与は積極的にすべきである。
 もう一つ重要な視点は「国防への責任感から軍事技術こそ平和のための研究であり、必要な研究である」という主張に対して、それならそれでそういった倫理を訴えたら良いのではと反論していることだ。何の倫理的根拠もなく、アカデミズム外部からの圧力によって惰性的に研究領域を拡大することこそが自律性を欠く、最も良くない振る舞いであると主張する。各大学は防衛庁の研究費にどのような態度をとるか、それぞれ特色を出し広報サイトで明示すればよいとも主張している。さらには予備校、受験雑誌の進路指導でも受験生に重要な情報として軍事研究をする/しない大学なのかといった情報を提供すべきだとも述べる。かなり思い切った提案だが、重要な提案であると思う。

 

科学 2018年 01 月号 [雑誌]

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科学 2018年 02 月号 [雑誌]

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科学史研究 2013年 06月号 [雑誌]

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現代思想 2016年11月号 特集=大学のリアル ―人文学と軍産学共同のゆくえ―

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