雪の結晶は天から送られた手紙である:中谷宇吉郎『雪』


 本書は「雪博士」と呼ばれ世界で初めて人工の雪を作ることに成功した科学者の中谷宇吉郎が、一般の読者向けに著者の雪の研究を紹介した本である。圧巻の内容である。今まで読んできた本の中でもダントツに面白い本だった。文がうまいとか難しいことを分かりやすく説明しているとかそういった感想以前に、まず圧倒的に面白いということを強調したい。樋口敬二の解説にもあるように、この本は科学のその時代の最新の成果を紹介した「知識の本」ではない。そうではなく科学者の研究の試行錯誤のプロセスを解説し、自然現象の解明にいかに知恵を働かせたかを語った「知恵の本」というべき書物である。したがって読者は読書を通じてあたかも著者と一緒に研究を進めていくような錯覚さえ感じる。
 

 まず第1章「雪と人生」では日本人がいかに雪の被害とともに生活を営んできたか、あるいは逆に雪を有用してきたかについてがを色々な古い書物をひもときながら述べられる。雪の研究の解説を期待していた読者は「まずそこから入るのか」と度肝を抜かれるだろう。日本では鉄道の損害を除いても年間の雪の損害は当時の金額で1億2,3千万に上っていたそうだ。季節風の影響で特に冬期に「裏日本」すなわち新潟、富山、石川、山形、長野を初めとし、著者が研究した北海道や、その他青森などで大雪に苦しめられてきた。特に雪下ろしには多額に費用を要した。それは何百年も昔から営々と行われており、「子供の声明には代えられない」として貧しい財政の中から雪下ろしの費用が捻出されてきたそうだ。また地下にできる霜柱によって線路が浮き上がり、それが場所によって程度が異なるため凹凸ができることで生じる鉄道の被害もあった。一方雪を運搬に活用しようとする知恵も育まれてきた。森林から材木を運び出すために橇を用いてきたことはその一つの例である。とりわけ「バチバチ」と言われる長い材木の両端にちょうど橇を履かせたような格好にした運搬方法は曲がりくねった雪道をスムーズに進むことができる巧い発明だったことなどが語られる。この偉大な発明をした人物は多分親方からお褒めの言葉くらいは頂戴しただろうが、今名前を知っている人はだれもいないそうである。日本では毎年何百万人の人が積雪に苦しんでいるし多額の損害を受けている一方、同時に多くの人がスキーを楽しむ等で雪に親しんでもいる。著者はその雪に親しむ気持ちを一歩進めて雪の性質や雪の降る状態に注意し、そこから雪による損害を少なくすることに心を向け、同時に雪を楽しむようにしたらどんなにいいだろうかと述べた上で、正しい科学的精神と態度をもって雪の研究を進めれば今のように恐ろしいものとして迫ってこなくなるだろうと言う。これが雪研究の重要性であった。

 

 第2章からは漸く雪の先行研究等が紹介され始める。特にベントレー氏の有名な雪の写真集は美しい一方で必ずしも科学的な観点から見ると惜しい点がいくつかあると著者が嘆いている点は面白い。ところで雪とはなんだろうか。当然だが単に水が凍るだけでは雪にはならない。雪とは水が氷の結晶になったものである。(結晶とは「物質を作っている原子が空間的に或る決まった配列をもって並んだもの」だ。)さらにいうと、水の場合は氷、水、水蒸気と三つの状態があるが、水蒸気から氷に(あるいはその逆に)状態変化する「昇華」により、水蒸気の凝縮によって大気中に降下したものの一つが雪である。ところで凝縮する際には芯になるものが必要になる。その芯は空気級の塵や塩の微粒子、イオンといったものである。これを著者は砂糖から金平糖成長させるときに芥子の実を芯としてつくることに喩えている。中谷宇吉郎はこのように比喩の使い方が非常に巧い。空気中に微粒子が存在する説明とほぼ同じだが、「なぜ空は青いのか」という説明は簡単にいうと以下のようになる。光は波長の異なる幾つもの光からなりなっているがその波長が空気の砂塵や分子よりも小さい光はよく散乱するのであり、したがって波長の短い青だけが私たちの目に入るということである。これを著者はちょうど湖などで波が押し寄せてくるとき、少し離れたこと路に錨を下ろした船に対して小さい波は船に遮られ反射し、大波は構わず通り越して岸に押し寄せることに似ていると説明している。的確な比喩である。
 

 続く第3章では北海道における著者の研究が紹介される。著者は札幌と十勝岳の中腹にある山林監視人ようの白銀荘で、毎冬雪の結晶を顕微鏡で観察し約3000枚の写真を収集し、それらを詳細に8つに分類するという作業を行った。雪など顕微鏡で観察できるのか訝しいかもしれないが、氷点下の環境では雪は決して溶けることがないから綺麗な結晶をそのまま観察できるのだ。極寒の環境ゆえ少し観察したらストーブに温まって、再び観察に戻るという作業をひたすら続けていく。顕微鏡で見た雪の結晶の世界は驚くほど美しい世界だ。実際本書には巻頭に写真が付けられているのでそれを見ながら読み進めることができる。自然の中に潜むありえないほど美しい規則性に驚かされる。普段はただの白くて冷たい雪は実際には無数のパターンの結晶の集合体なのだ。
 

 第4章では人工的に雪をつくる実験が紹介される。実験で使われた装置なども図とともに分かりやすく説明が与えられる。実際ここに紹介される研究は初期のものだそうで、その後結晶が成長している場所の気温Taと過飽和度sとの組み合わせと結晶の形との関係を示す図が1951年アメリカ気象学会の"Compendium of Meteorogy"で発表され、それは「ナカヤ・ダイヤグラム」としてその名は世界的に知られるようになった。
 この本全体を通して何度か強調されることは自然と向き合い自然ををじっくり観察することの大切さだ。それこそが自然科学の本質であるといっていいと思う。
 雪の人工的な生成に関する実験室内の測定値から今度は雪の降った上層部の気象を類推することができる。このことを著者は本書の最後で印象的な言葉で表現する。
 「このようにみれば雪の結晶は、天から送られた手紙であるということができる。」

 

 最後に蛇足だが、中谷宇吉郎には地質学者と「霧の彫刻」のアーティストである二人の娘がいる。特に次女の芸術家の中谷芙二子の展覧会が銀座で今催されている。そこには中谷宇吉郎の貴重な実験ノートなどの資料も展示されており必見である。また中谷宇吉郎がアメリカで研究していた際、米軍の資金を受け取っていたことが問題になったことがあり、このように中谷宇吉郎は気象学のみならず、科学と芸術、軍事研究などさまざまなテーマの結節点にある重要な人物であると思っている。これからも注目していきたい。

 

  文献:中谷宇吉郎『雪』(岩波文庫、1994年)

雪 (岩波文庫)

雪 (岩波文庫)