池内了編『科学を生きる−湯川秀樹エッセイ集』

自然は曲線を創り人間は直線を創る。 
 
 「物理学会の詩人」と言われた湯川秀樹の言葉(本書p157)である。1949年に中間子理論で日本人で初めてノーベル賞を受賞する理論物理学者の湯川は、兄に冶金学者の小川芳樹と東洋史学者の貝塚茂樹、弟に中国文学者の小川環樹がいて、学者一家であった。半分が文系の学者であることからも分かるが湯川自身も文学的素養があり、和歌を読んだり、文学者と見違えるほど文才溢れるエッセイを多数書き残している。本書はそれら28篇を集めたエッセイ集である。

 このエッセイ集の編集の特徴として、湯川の文学的素養を十分に味わえるだけでなくやはり職業的な科学者としての側面もしっかりと捉えられている点だと思う。ボルン、プランク、ハイゼンベルグなどといった物理学者の名前も普通に登場し(特に第1章)、その分野に門外漢であれば、少し勉強しなくてはという気にもさせられる。
 一方湯川秀樹ほど物理学者の考察を平易な、言い得て妙な言葉で綴ることができた人物は他にいないのではないだろうか。
 子供たちに語られたという「詩と科学」というエッセイの中では、「詩と科学、遠いようで近い。近いようで遠い。詩はきびしい先生のようだ。…詩はやさしいお母さんだ。…しかしなんだか近いようにも思われる。どうしてだろうか。出発点が同じだからだ。どちらも自然を見ること、聞くことからはじまる。」と書かれている。科学も詩も自然に向き合い、自然を見て、聞く点では同じだというのである。
 あるいは「詩とイメージ」では物理の根本問題を考えるとき数字や言葉だけの操作ではなく、黒板へ絵を描くことで二次元のイメージをつくり、そこからだんだんと秩序ある言語へと導いていくのだということが語られる。そしてそうしたイメージシンボルこそが根本的な役割を担っていて、口では言えないけれども物理学者もある理論をよいと判断するときにはなにか美しいものを感じているのだと述べている。
 また「自己発見」では、中学一年の夏休みに学校から海水浴に行ったとき、蚊帳の中で寝るペアを作るため仲よし同士が2人組になっていくのだが、湯川だけは最後まで誰からも声をかけられないで相手をみつけることができず、(不幸なことに奇数だったため)一人だけ幅の狭い布団で2人の蚊帳の中に入れてもらったときのなんとも言えない悲しい気持ちが綴られている。それ以来学校から家へ帰ると外へ出ず、家の中でいろいろな本を読むことで時間を過ごすようになったそうである。またこのころは児童作家になりたかったことも書かれている。大変興味深いエピソードである。

 同じく科学者の中谷宇吉郎が墨絵を書いてそこに湯川が歌を詠んで創作をしていたエピソードも収録されているが、彼らには文系/理系の境界はなかった。物理学者も絵を描き、歌を読んだ。
 本書を読むと、今日の研究者は競争的研究費獲得に日々腐心し、基礎科学は軽視され金のなる分野に集中的に予算が配分される状況では、本来の意味での学力低下は必至で、創造的な仕事が阻害されている状況と思わざるを得ない。本来科学者にとってもっとも創造的な研究の現場とはどうあるべきかを考え直すのも本書の一つの読み方かもしれない。

 科学の本質に対する深い洞察に満ちたすばらしいエッセイ集だった。ぜひ多くの人に読んでもらいたいと思う。

 

文献:池内了編『科学を生きる−湯川秀樹エッセイ集』(河出文庫、2015年)