ダーウィン『種の起源(上)』渡辺政隆訳(光文社古典新訳文庫、2009年)

 とりあえず上巻を読みました。幸か不幸か生物学に関して全くの素人で、中学生までの知識にとどまっています。(大学で少し生物学関連の講義はとったことがありますが、体系的な知識は皆無です。)そのため知識ゼロの段階から、今日からみた科学的な正確さなどを一切意識することなく読めた一方で、細かな議論は皆目わかりませんでした。(明日の読書会に間に合わせるために、昨日今日で猛スピードで読んだこともあって)内容のたぶん半分も理解できていません。本書の率直な印象は、ダーウィンが何か色々な仮説を立てて「もしこうだとしたら説明がつかないよね」という形で議論を執拗にやって、創造説の誤りを批判しているというものでした。翻訳は非常に読みやすかったです。以下感想を搾り出すための覚書です。

【ScentistとしてではなくNaturalistとして】

種の起源』が出版されたのは1859年です。一応科学史的には、職業的な科学者という階層ができ、学会ができ、教育制度も整備されて科学が制度化されるのが19世紀半ばです。ちなみにウィリアム・ヒューエルが初めてScientistという言葉を用いたのが1834年と言われています。ちょうどこの本が書かれていた時期と重なっています。しかし原文ではダーウィンは自らのことをNaturalistと呼んでいます。あるいはnatural historyという語も頻出します。これは普通「博物学者」「自然史」と訳されるそうですが、いわゆる「学者」とは違い、在野の自然観察家や昆虫マニア、園芸家であることが多いのだそうです。まだそういったプライベートで科学をやっている人も大勢いたのだと思います。ダーウィンもその一人で、狭い特定の「専門」にとらわれることなく、植物学、動物学の幅広い知識だけでなく、地質学にも精通し、さらには解剖までやってしまうという、今の科学者には見られないスタイルの研究をやっているということがまず興味深かったです。

 一方で、この本の中で飼育栽培された植物や家畜化された動物/野生の動植物といった対比が頻出します。比較的時間スパンの短い前者でも観察できた現象ならば、ほとんど比較にならないほどの時間を持つ自然で成り立たないわけがないというように、前者が後者の傍証になっているという言い方もできますが、僕は人の手の入ったdomesticateされた環境と手付かずの自然という対比は、現代の実験室/生の自然、あるいは理想系/現実系の対比にも似ていると思いました。

【生存競争=弱肉強食?】

 ダーウィンマルサス人口論から着想を得て、種は指数関数的に増加していき、特に人間のように人口調整できない動植物は、異なる種どうしで、あるいは同じ種どうしで生存競争が起こり種の数が抑制されているといいます。そして生存闘争の中で生存にとって有用な変異が起こると保存される可能性が高くなり、それが遺伝という原理により自分とよく似た形質の子孫を生む「自然淘汰」という原理を唱えます。ここで問題になるのは自然淘汰によって新しい形質を得た種は優れているのか、進化=進歩なのかという議論で、実際にダーウィンの進化論は優性思想に結びつくような誤解がされてきました。本書を読んだ率直な感想ですが、そういう誤解も生じかねないなという気がしました。生存競争という文脈で、例えば本書172項にも「最終的には他に優る」といった表現も見当たるため、進化はどんどん強くなっていくという印象は自然に生じるし、そこから進化=進歩という誤解も生じるのではという気がしました。

 それから生存競争というのは弱肉強食とどうちがうのかということも多少意識しながら読みました。こういう言葉の整理は自分の中でまだ曖昧なままで、読んだ今でもまだよくわかりません。また生存競争は広い意味で依存関係も含意していると121項に記されていて、これは互恵的な助け合いの行為を含んでいるということなのでしょうか。含蓄のある部分だと思います。

 

【巻末の評伝から】

最後に訳者によるダーウィンの短い評伝が記されています。それによると、父は開業医であり、最初エディンバラ大学の医学部に進学したそうですが、麻酔なしで手術されている患者を見るに見かねて退学したといいます。ダーウィンの人間的な側面が垣間見えるエピソードだなと思いました。しかしエディンバラではラマルクの進化論や祖父のエラズマズが唱えた進化論的な説の信奉者から動物学などを学んだそうです。その後田舎牧師になって自然史の研究に没頭するという生活を目指してケンブリッジ大学で植物学や神学などを学んだそうで、ビーグル号乗船前は天地創造説を信じていた青年だったといいます。ちなみにビーグル号航海に乗り出すのがダーウィンが22歳のときらしく、今の僕の年齢と同じです。しかも父親から500万円の資金を融通してもらったともいい、来年からそれだけの資金を携えて世界中を探検できるとしたら夢のような話です。羨ましいです。

 

次は下巻をとりあえず14章から読みます。

 

 

文献:ダーウィン種の起源(上)』渡辺政隆訳(光文社古典新訳文庫、2009年)

 

種の起源(上) (光文社古典新訳文庫)

種の起源(上) (光文社古典新訳文庫)