遠藤周作『砂の城』を読みました。

 遠藤周作の小説を読むとき思い出すことがあります。

 軽井沢高原文庫という文学館には軽井沢にゆかりのある作家の直筆の原稿などが展示されています。その中に遠藤周作の原稿があったのですが、彼は一旦原稿用紙の裏面に細かい字で下書きをしてから、裏返して表に清書していくというスタイルで書くようでなのです。裏面のびっしりと書かれた字を見ながらその途方もない作業に、作家ってやっぱりすごいなあと感じたのを記憶しています。おそらくこの作品も同じようなやり方で書かれたのだと思います。遠藤周作の作品はそうやって推敲を重ねた一つ一つの文が胸に迫ってきて、読む喜びを教えてくれます。

 

 さて、巻末の武田友寿の解説によると、この小説は昭和50年から一年間雑誌「婦人の友」に連載されたいわゆる軽小説群に属する作品のようです。しかし僕はこれは決して「軽い」小説ではなく、濃密な内容を持った純文学として十分読み応えのある長編だと思います。

 

 物語は16歳の誕生日を迎えた早良泰子が、彼女の幼いころに亡くした母親が16歳になった泰子宛に残した手紙を読むところから始まります。そこには戦争中に母親が自分を生むことになった経緯が書かれており、美しいものは必ず消えない、美しいものとけだかいものへの憧れだけは失わないでほしいと手紙は結ばれていました。美しいものやけだかいものとは何なのか。これがこの小説のテーマになり、彼女の青春に刻まれることになります。

 長崎を舞台に、主人公で短大生の康子と同僚のトシ、N大学の西が辿るそれぞれの人生が、別々の方へと離反しながらときに交錯しつつ物語は進んでいきます。

 「色々な人がいる。色々な生き方がある。」といった言葉が繰り返し出て来ます。

 底知れぬ真暗な谷底に落ちていく二つの石のように人生を転げ落ちていくトシ、左翼過激派に染まっていく西、それぞれが別々の道を歩んでいきます。彼らはみな青春という浜辺で、作ってはすぐに押し寄せる波で流されてしまうことを知りつつも必死に「砂の城」を築こうとするのです。そして最後には泰子はそのそれぞれの人生を肯定できるようになります。

 

 後にも先にも一度きりしかない人生、死んだらそこで終わってしまう人生の刹那に身震いする経験は一度はあると思います。(僕はずっとそのことを考えています。)確かに、結局僕らは流されることはわかっていてもなんとか「砂の城」を築こうとしていて、それが人生だといってもいいような気がします。ただ、築こうとしなくてもそれなりに生きていけるのも人生のような気がします。でもそれじゃあ駄目なんだってことなんだと思う。美しいことやけだかいことが何なのかは結局はわからないけれど、「砂の城」を築こうとしている姿は確かにけだかいといえるのだと思います。

 

 この小説では左翼過激派が扱われていて、解説には日航ハイジャック事件が背景にあると指摘されています。左翼をめぐって個人的には考えを深めたいところなのですが、この小説ではそれはどちらかというと後景に追いやられていて、それ自体は大きなテーマではないと思ったので、今回は省略します。でもまた機会があれば別の作品で考えてみたいと思います。

 

 読後感を一言でいうと、美しい映画をみた後のような満たされた感覚といったところです。作家からの素晴らしい青春小説のプレゼントでした。

 

文献:遠藤周作砂の城』(新潮文庫)

 

砂の城 (新潮文庫 (え-1-12))

砂の城 (新潮文庫 (え-1-12))