添田孝史『東電原発裁判ー福島原発事故の責任を問う』を読みました。

 

 この本は元新聞記者でサイエンスライターの著者が、主に今年(2017年)6月に東京地裁で始まった東電の刑事責任を問う初公判と、同年3月に出た前原地裁判決を取り上げ、東電幹部らの「津波は予見不可能だった」という主張に対して検察側の主張やその他様々な資料を取り上げて反論していくといった内容です。資料が多くて決して読みやすい本ではないですが、著者の熱意のこもった筆致と、同時に資料に忠実に冷静に判断していく姿勢にとても共感しました。以下簡単に内容を紹介します。

 

 初公判までは長い道のりでした。福島原発告訴団が2012年6月に東電幹部や国の関係者ら33人について業務上過失致死傷などの容疑で告訴・告発状を福島地検に提出したことから始まり、その後東京地裁に移され、二度にわたって不起訴処分が出されますが、その度に検察審査会が起訴の議決を出し、2015年7月31日ようやく強制起訴にこぎつけたという経緯があります。このとき福島県民と検察審査会を構成する東京都民の事故に対する関心との差に不安を覚えていたと言います。

 被告ら(武藤栄、勝俣元会長、勝俣元会長)の主張のポイントは

 「(1)15.7mは試算にすぎず、対策のもとにするには不確実性が高かった。

(2)15.7m想定が妥当なのか土木学会に相談しており、その結果に従う予定だった。

(3)たとえ15.7mの試算に基づいて対策をしていたとしても、東日本大震災時の津波は、試算していた津波と襲来する向きや、浸水の規模が違う想定外のものだったので、事故は防げなかった。」です。

 対する検察側の冒頭陳述の「テーマ」に、この裁判の視点が凝縮されていると言います。それは「人間は自然を支配できない。地震津波を事前に正確に予知することは適わない。被告人らは注意義務を尽くしていれば今回の事故は回避できたのではないか。」というものです。

 

 提出された証拠から検察側は2007年11月から、2008年夏にかけて、東電車内で津波対策の具体的な検討が繰り返され、対策を先延ばしにする決断がなされたことを証明しようとしていることが読み取れます。

・2002年7月の地震本部長期評価

・敷地を超える津波が襲来すると、原発が全電源喪失するという危険性を2006年5月に東電が調べて政府に報告していたこと。

福島第一原発のような古い原発について耐震安全性を再検討するバックチェックが2006年から開始されていたこと。

こうしたことから福島第一原発津波想定をすることが迫られていました。

また驚くことに2008年3月18日、東電の津波担当者と、東電設計は地震本部福島県沖で起こりうると予測した「津波地震」「正断層型」両方の津波高さを計算したところ水位が最大15.7mになることが示されていました。にもかかわらずバックチェックにほとんど着手しないまま事故まで4年半漫然と原発の運転を続けていたことが事故に繋がったということです。

 

 被告らの主張(2)で述べられるような東電の「土木学会待ち」は時間稼ぎの口実にすぎなかったといいます。なぜなら東北電力女川原子力発電所では土木学会の検討を待つことなく津波のバックチェックを進めていたからです。 

 また(1)については、前橋地裁でも争点になっており、そこでは15.7mの予測結果は「地震学者の見解を最大公約数的にまとめたものであって、本件の津波対策を実施するにあたり、考慮しなければならない合理的なものである」としました。

 さらに(3)については前橋地裁の判決によると、本件の事故は配電盤が被水したことによる機能喪失であって、非常用電源および配電盤が高所に設置されていれば事故を回避することができたのであるから、東電が首相するようなM9.0の規模で広範な震源域を持つ地震によって引き起こされた津波を予見する必要はないと判断されました。

 

 前橋地裁は今年の刑事裁判が2008年の津波対策をどう判断したのかを争点にしているのに比べ、さらに時代を遡って東電の責任を明らかにしているのが特徴です。また刑事訴訟と異なり国の責任を追及している点も大きな特色です。国は電気事業法に照らして2008年ごろには、東電に命令して事故回避措置をとらせるべきだったのであり、それを怠ったことは著しく合理性を欠くとして、東電と同等の賠償責任があると判断しました。しかしこの前橋地裁で最終的に認められた慰謝料総額は3855万円にすぎず、救済面では原告に不満が残る判決だったといいます。

 

 僕が個人的に最も興味深いと思ったのが第5章の科学の「不確かさ」,司法は裁けるかという章でした。

 明治政府が地震観測を始めたのは1875年、津波堆積物のような地質学的な方法で過去の津波を探る方法は1980年代後半から、地震から生じる津波の大きさ広がりを数値計算する技術も95年以降信頼性を持ち始め衛星測位システムの使った観測が全国展開されたのは1995年の阪神淡路大震災後のことで、地震学はまだ発展途上にあります。(1)の被告らの主張とも絡んできますが、予測に伴う科学的不確実さはなくならず、そのため地震学の専門家間でも意見が分かれることが多いのです。従って、慎重な調査、事前準備、率直な意見交換ができる場の設計が必要になるのですが、我が国にはこういった専門家間の熟議を行う場がほとんど無いといいます。また地震学のような科学的不確実性のあるリスク問題での判断の仕組みを有していないという点も重大な問題だと感じます。

 

 さらに重要だと思った点は、現行の制度では被告人は個人に限られるので、会社などの組織を罰する仕組みはないという点です。そのため利益優先の企業体質や事故を防げなかった組織の意思決定過程を含む真相解明は叶わないことが多いのです。これは裁判の重大な限界点であると感じました。

 

 先日12月13日広島高裁は四国電力伊方原発の運転再開を差し止めるとした仮処分を出し大きなニュースになりました。そしてちょうど昨日(12月22日)関西電力福井県大飯原子力発電所1、2号機を廃炉にすると正式に決めたと報じられました。今後日本の原発政策は大きく変わっていくような気がします。近いうち関連書籍を読んでさらに考えを深めたいと思います。

 

 文献:添田孝史『東電原発裁判ー福島原発事故の責任を問う』(岩波新書、2017年)