yokoken001’s diary

書評を中心に記しています。

文学(小説、詩、戯曲など)

ミシェル・ウェルベック『セロトニン』を読みました。

待ちに待った(いや、ものすごく待望していたわけではないのだが、)ウェルベックの最新長編小説『セロトニン』を読み終えた。原著も2019年に出版されているので、パリ在住の関口氏によりかなりスピーディーに翻訳され、日本に輸入されたということになる。 こ…

沼田真祐『影裏』を読みました。

『影裏』は、第157回芥川賞受賞作。 すごいんだけれど、好きになれない作品だった。 メチエというか、書く技術は非常に高度であることは間違いない。にも関わらず、書かれている人間や社会に共感することができなかった。後味も、あまりよろしくない。 古風…

鴻池留衣『ジャップ・ン・ロール・ヒーロー』を読みました。

何かすごいことが書かれていたという漠とした余韻を残しつつも、結局何が言いたいのかよくわからない作品だった。 単行本の帯に書かれているように、本作は「ポスト真実」の時代をテーマにした作品のようにも思える。というのも、登場するのは、架空のバンド…

北条裕子『美しい顔』を読みました。

本作品は、主人公である高校生のサナエの震災体験をテーマにした物語であり、2018年に第61回群像新人文学賞を受賞した。 著者は震災を体験していなので、参考文献等に基づいた、あくまで実体験をベースにしないフィクションだということになる。(参考文献未…

綿矢りさ『大地のゲーム』を読みました。

綿矢りさ『大地のゲーム』を読んだ。 一応最後まで読み終えたものの、この小説世界にあまりコミットできなかった。そのため、内容を十分に理解したとは言い難い。レビューもそのような薄い理解に基づく程度のものであることを、あらかじめ申し上げたい。 読…

上田岳弘『塔と重力』を読みました。

小説と音楽は全く違う芸術だけれど、ある種の小説を読むことは、音楽を聴くことに似ているところもある。 音楽は聴き終えた瞬間に−−つまり音楽が完成した瞬間に−−全てが消えてなくなってしまう。しかし小説であっても、読み終えたときに残るのは、作品全体に…

小野正嗣『九年前の祈り』を読みました。

本書には表題作のほか、3つの短編、芥川賞受賞スピーチが収録されているが、ここでは「九年前の祈り」に絞って、感想を記したいと思う。 小野正嗣「九年前の祈り」は、第152回芥川賞受賞作だ。 なんとも不思議な小説だった。 しかしその不思議さということと…

高橋弘希『指の骨』を読みました。

僕は戦争が大嫌いなので、戦争をテーマにした映画や小説にはあまり触れてこなかった。 だけど、本来文芸作品には、エンタメということ以上に、何気ない日常に揺さぶりをかけ、感覚を活性化させ、深く傷をつけ、打ちのめされるような経験をもたらすものがある…

上田岳弘『ニムロッド』を読みました。

先日、第161回芥川賞が、今村夏子さんの『むらさきのスカートの女』に贈られたが、本作の『ニムロッド』は、その一つ前の第160回の芥川賞受賞作だ。 上田岳弘作品としては、以前に『私の恋人』を読んだことがあるが、『ニムロッド』はそれに比べてやや読みや…

佐藤春夫『田園の憂鬱』を読みました。

佐藤春夫『田園の憂鬱』、1919年の作品。 都会の喧騒に疲弊し病んだ青年は、妻と2匹の犬を連れて、武蔵野の豊かな自然に囲まれた辺鄙な家へと引っ越してくる。そこで、主人公は、まるで今初めて視力を得た人間のように、それらの自然を仔細に観察することを…

中村真一郎『この百年の小説』を読みました。

日本は明治以来、政治、経済、法律、科学、軍事などを西欧先進国の水準を目指して吸収することに努めてきた。それは小説もまた例外ではない。日本は西欧諸国の小説に約100年遅れて出発し、それらの成果を追うようにして展開してきた。しかし、西欧の小説と日…

福永武彦「かにかくに」を読みました。

福永武彦はやっぱり面白い。 定期的に読みたくなる。(それも、ひっそりと…。) 「かにかくに」は、彼のデビュー作である「草の花」の元になったと言われるレアな中編小説だ。(福永武彦研究会による年譜によると、本作品は作家が18歳のころに発表されたという…

村田沙耶香『コンビニ人間』を読みました。

コンビニ化する◯◯、コンビニ的な◯◯という言い方を、時々耳にします。日本に5,6万件もあるといわれるコンビニは、どの店舗もよく似ていて、そこには機械で作られた清潔な製品で溢れ、それも食品から日用品まで多種多様な製品を扱い、その名の通り生活上「便利…

ミシェル・ウェルベック『闘争領域の拡大』を読みました。

『Extension du Domaine de la Lutte』 (1994)の邦訳。ウェルベックの処女作で、長らく手に入りづらい状態が続いていたが、最近文庫化された。平野啓一郎がどこかで推薦していて、ずっと興味があったので、この機会に読んでみた。 主人公の「僕」はソフトウ…

福永武彦『死の島』を読みました。

国内で好きな作家を一人挙げろと言われたら、おそらく堀辰雄か福永武彦かで迷い、結局福永と答えるだろうと思う。彼の工夫された小説の構築手法もそうだが、それ以上に、明快でありながら、音楽のように優しく流れていく文体がたまらなく好きだ。高校のとき…

フランクル『夜と霧』を読みました。

アドルノはかつて、アウシュビッツの後に詩を書くことは野蛮だと述べた。アウシュビッツの収容所で起きた歴史の巨大なトラウマを表象しようとしても、表象した途端にそれは裏切られ、嘘になり、詩人は表象不可能性の臨界で立ち止まらなければならないという…

上田岳弘『私の恋人』を読みました。

『私の恋人』は上田岳弘による発表順としては3番目の小説である。本作品は又吉直樹『火花』との決選投票の末、第28回三島由紀夫賞を受賞した。今年の2月に文庫化され、単行本と共に、カバー装画には、Paul Kleeの"Angelus Novus"が採用されている。 きっかけ…

最も多くを愛する者は敗者である:トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』(高橋義孝訳)

本書に収録された『トニオ・クレーゲル』は、トーマス・マン27歳の頃に刊行された彼の初期の代表作である。ようやく本物の恋愛小説に出会えた、これが読後最初の感想だ。堀辰雄の『菜穂子』、ツルゲーネフの『初恋』、エリアーデの『マイトレイ』など、ため…

文字の表面を追っていくだけで十分:最果タヒ『夜空はいつでも最高密度の青色だ』

初めて読み終えた詩集。 最果タヒは1986年生まれの詩人、小説家。2006年に現代詩手帖賞を受賞し、2007年詩集『グッドモーニング』を上梓。翌年京都大学在学中、同作で当時女性最年少の21歳で中原中也賞を受賞した。2014年詩集『死んでしまう系のぼくらに』で…

初恋とは?:トゥルゲーネフ『初恋』

あなたは誰かに自分の初恋のことを話せるだろうか? もし躊躇うのだとすればそれはなぜだろう? それは幼稚さと恥辱に満ちた苦い思い出だからだろうか。 あるいは初恋なんてなかったからなのか。 あるいはそれを初恋と呼ぶことを躊躇うからなのか。 いや、そ…

遠藤周作『砂の城』を読みました。

遠藤周作の小説を読むとき思い出すことがあります。 軽井沢高原文庫という文学館には軽井沢にゆかりのある作家の直筆の原稿などが展示されています。その中に遠藤周作の原稿があったのですが、彼は一旦原稿用紙の裏面に細かい字で下書きをしてから、裏返して…

ソポクレス『オイディプス王』を読みました。

森岡正博先生の『生命の哲学と倫理』という講義で、「反出生主義」(自分はもしくは人は生まれてこなければよかったと考える立場)はギリシャ悲劇においていわば通奏低音のように響いているという話があり、この『オイディプス王』が取り上げられていてまし…